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君の瞳に映る世界は…… 作者:塚原 蒔絵
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少女

 朝起きて、寝癖のままの恰好で朝日を浴び、あくびをする。
 昨日は僕にしては珍しく熟睡できたらしい。気持ちのいい朝だ。
 トーストを半分だけかじって、残りはゴミ箱へ。ボロボロのスニーカーに足を通せば、昨日河川敷を歩いた時についた土がついていた。
 通学路を歩くと、決まってとまってしまう赤信号。
 ふと、隣には昨日見かけたネコ。
 やはり僕には興味なさげに、ふいっとどこかに行ってしまう。
 そして立ちどまったのは、
「ギャラリー千葉。昨日のモノクロ写真店か……。主催者はチバ、アケミ。時間に余裕、あるよな」
 昨日も来たけれど、途中で電話がかかってきて最後まで見られなかったので、今日こそはと思いエレベータのボタンを押す。
 チンと小さな音がし、開く扉。
「そういえば、昨日は『会いたい』って文字が壁に――っ!」
 僕が息をのむのと、エレベータがとまるのはほぼ同時だった。
 扉が開いたその先には、白いケープの女の子。
 ガラスのような瞳を僕に向け、少しだけ失意の様子で首をかしげる少女。
「ダメだって言ったのに」
 その言葉は、苦笑しているようでもあり、非難めいてもあった。
 僕は苦笑すると少女の先にある年季の入った扉を開ける。少女は、阻まなかった。
 暗い部屋が見えるとオーナーが迎えてくれる。
「あれ、君は昨日来てくれた」
「久住といいます。見てもいいですか?」
 覗き込むと千葉さんは朗らかに笑いながら手招いてくれた。手にはビニール手袋。なにかの作業中だったのだろうか。
「ちょっと現像中なの。誰もいないから勝手に見てていいよ。お茶とかは隅の冷蔵庫にあるから」
「あ、ありがとうございます」
「なにかあったら言って。ちょっと作業してるから」
 そう言って、千葉さんはカーテンの奥に入ってしまった。
 僕は隣にいる少女に視線をやり、微笑む。
「君も見に来たの?」
「違うわ」
「じゃあどうして」
「貴方に警告したのに。死者の存在を認めてはダメなの」
 ぎゅっとズボンをつかまれた。 
 その手をやんわり解き、僕の手と手をつなぐと僕はゆっくりと歩き、椅子が用意されている場所まで移動する。
 おいでと手招きすると少女も椅子に座った。
 冷蔵庫からグレープジュースを取り出す。
 たぶん使っていいだろうグラスに二つ入れ、もう片方を少女の間に置く。
「警告とか今までのって、どういう意味なのかとか説明してもらえるかな」 
「貴方のそばには死者がいるわ」
「死者って死んだ人って意味?」
 静かに頷かれる。
 会話は成り立っているが、どうにも納得がいかない。
 つまるところ、僕はこの少女が何者かを知らないのだ。
 それでも、子供の戯言だと一蹴しないだけましだと思う。
「君の名前は?」
「涼子」
「じゃあ涼子、どうして君は僕にそんなことを教えてくれるんだい」
「私には、死者に引きずられる人が見えるの」
 じっと見つめてくれるガラス色の瞳。正直、困っていた。
 死者がそばにいると言われても、どうしたらいいのかわからない。
「死者に引きずられるとどうなるの?」
「苦しんで、最後には死ぬわ」
 少女の唇から出てほしくない単語が出てくる。
 脳内にめまぐるしく情報を流しているが、ただ一つ言えることは、
「その死者っていうのは、僕にとって大切な人なの?」
 この質問への回答には時間が空いた。
 涼子は小さな手を握ったり開いたりして、唇を少しかむと、 
「そう」
 と小さく答えてくれた。
 やはり、というか、少しだけ心の引っかかりが取れた気がした。
 身近な人がすでに他界していると知らされて、そこまで動揺しないのは、僕の感情が言葉の意味に追いついていないせいだろう。
 こういう時どうすればいいのか、わからない。
 嘆くべきなのだろうか。
「どうして教えてくれるの?」
 グレープジュースを一口飲んで僕は問いかける。
「お兄さん、死にたいの?」
「お兄さんじゃなくて久住恭介。恭介でいいよ」
「恭介? わかったわ」
 僕のまねか、涼子もグレープジュースを一口飲み、そして頷く。
「で、涼子は僕にどうしてほしいの」
「彼ら、死者はね、生きている人から命を奪うの。だから死者を生かし続けてはダメなの」
 涼子曰く、死者に生きている人の命の源が奪われている状態を《引きずられる》と呼ぶらしい。
 引きずられても最初はなんてことはない。ただ、栄養分と同じように、いずれ命の源はすべてのエネルギーを吸い取られ、死んでしまう。
「死者に悪気はないのよ、自分が死んだって自覚がないの。ただ友達に会いたいとか、そう思ってるだけの人もいるわ。でも、彼らの存在を許していると生きてる人が死んでしまう」
 言った涼子は寂しそうな表情だった。
 僕は我知らず涼子の頬に手を当てる。
 彼女は驚いたように顔を上げた。
「君は経験者なんだ」
 問いかけではなく確信をもって尋ねると、少しだけ眉がより、じわりと滲む目元。けれど、彼女は必死にこらえて、我慢をする。
 その態度が、彼女がまだ幼い少女であることを思い出させてくれる。
 中学生くらいなのに、こんなことを言って回るのがつらくないはずがない。
「涼子、つらいときはつらい表情をしないとダメなんだよ」
「どうして?」
 無感動な声が響く。
 どうして、その言葉に僕は考える。
 人間、悲しさに耐えることも必要だ。けれど、僕らはそんなに強くない。
 緊張の糸が解けたとき、のしかかっているものが重ければ重いほど潰れた時はつらくなるはず。
 だから少しずつでも、自分はつらいんだと自覚して重石を軽くしなくてはいけない。そうしなくてはいつか、哀しみの底で身動きが取れなくなってしまうから。
「つらさを自分の中に押し込めてたら、いつかそのつらい気持ちで涼子が壊れてしまうよ。つらいときは、つらいんだって言っていいんだよ。落ち込んでいいんだよ」
 笑顔をきちんと作れているかわからないけれど、できるだけ安心できるように微笑んでみる。
 そうしてゆっくりと頭をなでてあげると、おずおずと涼子は僕のジャケットに手を伸ばし、抱き付いてきた。
 すぐに離れられる距離だ。もっとギュッと抱きついてもいいのに。
 けれど僕らはこの距離で。
「うん、つらいよね」
 きっと僕も、こんなつらさを味わうんだ。
 僕の大切な人が、死んでいる。
 誰かはわからないけれど、その人の死に、向き合わなければならない。
「妹がそうだったわ。最初は違和感もなくて、いるのが当たり前だった。でもそのうち変なことが起こり始めたの。父も母もだるいなって言い始めて、苦しいって言って、最後は死んでしまった。妹は、泣いて家を飛び出していったわ。探している最中に見つけたの、あの子の墓を。私の妹は死んでいた」
「それで」
「妹にね、貴女はもう死んでるのよって言ったわ。そうすると、やっぱり泣いて、消えちゃった。それから私は死に引きずられている人を見つけられるようになったの」
 僕は涼子の目もとにたまった涙を親指で拭う。
 すると少女はくすぐったいのか肩を寄せた。
「僕は死に引きずられているんだね」
「そう」
「僕が死者だという可能性は?」
「……あるかもね」
 意味深な言葉で返される。
 不意に、地面が揺れたと思うとガタガタ音がして窓が揺れ、強い音と共に風が入ってきた。
「わわ、立てつけ壊れちゃったのかな」
 慌てて出てくる千葉さん。僕のジャケットをつかんでいた涼子の姿はどこにもない。
 千葉さんは窓を閉じると、こちらに振り返って首をかしげた。
「久住くん。君、一人でいたんだよね?」
「えっと」
 今この場にいない涼子の説明をどうしたものか、考えあぐねていると千葉さんは腕を組む。
「どうしてグラスが二つも出てるの?」 
 その質問に僕は答えられない。
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