闇に溶けた白き罪
突き刺すような冷たい風がふいている十二月の真夜中……深い闇夜を切り裂くように飛んでいたその白き罪人は、音もなくビルの屋上に降り立った。
そして今夜の戦利品を月にかざす。
「今日もハズレ…か…」
落胆したような…それでいてどこか諦めているような声が響く。
彼を追うパトカーのサイレンはもはや聞こえない。
彼は大きなダイヤを懐にしまうと、何か考え込むように闇夜を見つめその場に佇んだ。犯罪者のものとは思えない程の冷涼で澄んだ気を纏い、何でも見透かしてしまうような透きとおった瞳を持つ彼の名は…
怪盗1412号
通称 怪盗キッド
予告状を送り付け、数々の不可能犯罪を華麗にこなす、今時レトロな宝石専門の天才奇術師は《月下の奇術師》や、《平成のルパン》などの異名をとる。
謎多き人物ではあるが、
ごく少数の人間たちが知り得る彼の秘密は、彼が二代目キッドであるということ。彼はまだ高校生。あまりに若すぎる彼が怪盗を継いだのにはそれなりの理由がある。
先代のキッドこと、彼の父親である黒羽盗一は、8年前、不老不死の秘宝『パンドラ』を狙う黒の組織によって殺された。
そのことを知ってから、父親の仇打ちと死の真相を知るべく、二代目キッドこと、黒羽快斗は、パンドラを求めて一人闇夜を舞っているのである。
…‥…‥…‥…‥…‥…
時を遡ること半年…
白いステージ衣装を微かに黒ずませ、一人の青年が、燃えさかる炎とふきあげる黒煙を見ていた。
組織は壊滅した…。
そう。パンドラを狙う我が宿敵は いなくなった。
黒の組織は、ほんの小さな綻びから壊滅の道を歩んだ。
あの小学生探偵や、赤い髪の少女、そして多くの捜査官が奮闘する中もちろん自分も助力した。
さすがに自らも犯罪者という立場上、表立った協力はできなかったけれど、少しでも彼等が有利になるようにさまざまな細工を懲らし、彼等を助けた。
赤い炎を見ながら青年は呟く…
「これからどうすっかなあ…」
まだ…パンドラは見つかっていない…
組織は終わった。だが、それは快斗がパンドラを見つけるより先のことだった。
「組織の残党がパンドラを狙わない確証はどこにもない…」
青年はまた呟く。
そして決心する。
パンドラを見つけるまで
パンドラを自らの手で壊すまで
怪盗を続けていくことを…
…‥…‥…‥…‥…‥…
「朝……か…」
高いビルの屋上で白き罪人が呟く。
空がうっすらと白みをおびてきていた。
もうすぐ日の出の時間だ。
どうやら半年前のことを思い出している間に、かなりの時間がたっていたらしい。
「早く帰らねぇと、青子が家に来ちまう…!」
今日は日曜日。
渡したいものがあるらしく、青子が家に来る予定になっているのだ。
そう言ってクスリと笑うのは、クールな怪盗の姿ではなく、歳相応のただの高校生、快斗の姿だった。
「快斗おはよー!!」
バンッ という扉の開く音と同時に飛び込んできた幼なじみの声。
「ノ、ノックくらい…しろよ!アホ子!!」
自室から繋がっている隠し部屋にキッドの衣装を置いてきたばかりだった快斗は、焦っていつものポーカーフェイスが崩れかかってしまった。
「なによぉ!別にいつものことじゃない…。それより、渡したいものがあるの!」
そう言ってニコニコしながら自分のかばんを漁っている青子は、快斗の『アホ子』という言葉を聞き漏らしたらしい。
それほどまでに渡したいモノなのか…?
いつもだったら言い返してくるのに…
快斗がそんなことを思いながら黙って青子を見ていると、
「あった…!ハイ!これ快斗にあげる。」
青子が差し出したのは手の平に乗るくらいの小さな紙の袋。
「何だよコレ…?」紙の袋を受け取って中を覗くと、出てきたのは鈴のついた小さな青い
「お守り…?」
「そう!大学に合格できるように。青子とおそろいなんだよ!」
ニコッと笑って、自分のかばんについているピンクのお守りを見せる。
二人は高校三年生。来月にはセンター試験をひかえた受験生なのである。
二人の志望校は同じ。
日本屈指の難関校 東才大学である。
快斗は法学部、青子は文学部。目指す学部は違うが、お互いに自然と同じ大学を志望していた。
「これがあれば絶対に合格なんだから!頑張ろうね快斗!」
そう言って青子は階段をパタパタと降りていく。
彼女が玄関のドアをパタンと閉める音を聞いて、フッと笑みをこぼす。
「帰るの早ぇよ…お礼言いそびれたじゃねーか…」
残された部屋の中で、快斗は嬉しそうにお守りを眺めながら呟いた。 |