かつて勇者を何度も死へと追いやり、遂にはその心をへし折った場所。
そこに光が射し込むことはなく、常に魔物の息遣いが聞こえてくる魔の巣窟
その地獄の釜の最深部では、今日も殺戮が繰り広げられていた。
岩と土で構成されている通路には、血糊が至るところに撒き散らされている。
腐食した四肢や黒焦げの肉片、大小様々な骨の残骸が乱雑に積み上げられており、
そこから発せられる異臭は凄まじい。
常人であれば一時間とて、正常な精神を保つことは出来ないだろう。
獰猛な人食い巨人、トロルがその臭いに誘われて現れる。
まるで誘っているかのような濃厚な血の臭い。
手には荒削りの棍棒を握り締め、哀れな獲物を叩き潰さんと力を溜める。
自慢の怪力は、あらゆる敵を無残な肉塊に変えてきた。
顔を歪めると、舌なめずりをする。
巨体を豪快に揺らしながら、トロルはその臭いが最も濃い大部屋へと辿りつく。
その部屋は四方に通路が伸びており、中央には『焚き火』が設置されている。
そこでは『餌』が炙られており、血と肉を焦がす臭いが辺りを覆っている。
この臭いが隙間風に乗り、洞窟全体へと流れているのだろう。
そう、臭いに誘われたのはトロルだけではないのだ。
向かい側からも、魔物の群れが虎視眈々と獲物の様子を伺っている
獲物の取り合いとなるのは間違いない。
トロルはすぐに突撃体勢を取る。この獲物は自分のものだから。
焚き火の前で、悠然と座っている少女。
鎧には物騒な刃がついているが、その身体付きは貧弱そのもの。
トロルが軽く撫でれば、細首がへし折れてしまいそうである。
『グヒヒ』
歳若い女の肉。それを想像すると、トロルの口から涎が溢れ始める。
柔らかそうな首筋。小奇麗な顔。あまりにも細いその腕や脚。
今すぐにでも頭から齧りつきたい。苦痛の声を聞きながら、ゆっくりとその内臓を貪りたい。
生かしたまま、この少女の目玉をくり貫いたら一体どのような叫び声を上げるのか。
人間の悲鳴は、人食いトロルにとって最高の調味料なのだから。
『ゲヒヒヒヒヒヒ!!!』
いよいよ我慢の限界に達したトロルが、いきり立って無防備な少女へと襲い掛かる。
一拍遅れて、魔物の群れが部屋を埋め尽くさんばかりに入り込んでくる。
それを受けても、少女は身動きひとつしない。
身がすくんで動けないと見たトロルは、棍棒で叩き潰すのを止める。
まず四肢をへし折り、少女を生け捕りにすることに決めた。
甚振りながら食い殺す。今回の食事は生かしたままの踊り食いだ。
雪崩込んでくる魔物の群れを威嚇しながら、トロルはその腕を少女へと伸ばす。
巨大な腕が、少女の身体へといよいよ届く。
――その瞬間。
座り込んだまま、少女が一言だけ呟いた。
「ギガデイン」
トロルの視界に、白い稲光が走る。
荒れ狂う稲妻が、魔物の群れをなぎ倒す。
そしてそれは、トロルの身体を瞬く間に包み込んだ。
轟く雷鳴がようやく収まった頃、アレルは肩をほぐしながら立ち上がる。
周りは魔物の死骸で溢れかえっており、濃厚な血の臭いで満ちている。
自らの臭いで、わざわざおびき寄せられるのだから手間がかからない。
だが、一つだけ問題がある。
――臭いのだ。アレルは眉を思い切り顰める。
マントで鼻を覆っても、まるで効果がない。
そろそろ嗅覚が麻痺しても良い頃なのだが、中々上手くいかない。
いよいよ我慢できなくなったアレルは、悪臭を強引に掻き消すことにした。
「魔物の死骸は本当に臭いわねぇ。鼻が曲がりそう。
これは一旦掃除しないと駄目ね。
――ベギラマ!!」
おもむろに手をかざすと、死骸を火炎で焼き払っていく。
死体を焦がす臭いが、部屋を満たしていく。
こちらも負けず劣らず凄まじい臭いだが、先程よりは幾分マシである。
パチパチと弾ける音の中に、ほんの微かだが異音が混じる。
何かが地面を這いずるような小さな物音。
「……そこかッ!! 死ねっ!」
気配を察知すると同時に、、
アレルは『稲妻の剣』を、全力で投げつける。
行く手を遮る『トロルの肉塊』を爆散させながら、剣は一直線に標的へと向かっていく。
投擲された剣は、全力で逃走を図るそれに『会心の一撃』を与える。
『ピ、ピキーッ!!』
「大当たりかしらね」
銀色の液体状の身体に、稲妻の剣が突き刺さった。
『はぐれメタル』はけたたましく断末魔の声を上げる。
液状化している為、衝撃は伝わりにくく、その身体には呪文も効かない。
警戒心が非常に強く、その逃げ足はとてつもなく早い。
だが、核となる部分は脆く、それを貫かれるとたちまちに絶命してしまう。
とはいえ一撃で屠るには熟練の腕が必要であり、
核を瞬時に見切る洞察力も求められる。
『はぐれメタル』は、腕を磨くための格好の獲物なのだ。
やがて甲高い悲鳴が途絶えると、はぐれメタルの活動は完全に停止する。
銀色の身体は徐々に黒ずんでいき、最後にはボロボロになって完全に崩れ落ちた。
「……これで何匹目だったかしら。
もう数えるのも億劫なくらい殺したもの。
そろそろ銀色狩りも卒業かしらね。
自分の『レベル』も限界近くまで上がったような気がするし。
これ以上は時間の無駄ってやつかも」
アレルは、食料の補給や睡眠時を除き、全ての時間をここ『ネクロゴンド』で過ごしている。
休む、鍛錬、休む、鍛錬の繰り返しだ。
『魔物の餌』でおびき寄せ、最近覚えた呪文で一網打尽。
そして本命がこの銀色生命体であった。
こいつが一番己の『格』を上げてくれるような気がしたのだ。
それはきっと間違いではないはずだ。所謂勇者の勘という奴だが。
その銀色のおかげかは知らないが、この場所でアレルの障害となる魔物は最早存在しない。
「――さてと」
投擲した稲妻の剣を回収する為に、アレルははぐれメタルの死骸へと近寄る。
――と、背後から殺気を感じたので、身を翻してそれを回避する。
その際、稲妻の剣を引き抜き鞘へと戻している。
突き出されたフォークが、虚しく空を切る。
以前のアレルであれば、回避することは出来なかったであろう。
『キ、キキッ!?』
「ミス、勇者にダメージを与えられないってやつね。
だって見え見えなんだもの。当たる訳ないじゃない。
毎度毎度ワンパターンなのよ」
『キ、キキッ! メ、メラ――』
慌てて呪文を唱えようとするミニデーモン。
だがアレルはそれを見逃さない。
即座に口に手を突っ込んで阻止をする。
ミニデーモンは噛み切ろうとするが、篭手に阻まれて上手くいかない。
「――慌てない慌てない。
そんなにガッカリしないで良いのよ。
私が今慰めてあげるから」
口元を歪めてミニデーモンの身体を掴むと、
力強く抱擁する。
『グ、グゲゲゲェ!!』
「泣き叫ぶほど嬉しい?
それじゃ、もっと強くしてあげるわ。
特別サービスよ?」
『……グゲッ』
鎧の反り返った刃が、ミニデーモンの身体を無残に貫く。
己の腹に突き立った三本の刃を驚愕の表情で見下ろし、小悪魔は苦悶の叫びを上げる。
アレルは更に力を入れると、刃を利用して小悪魔の身体を引き裂いた。
そして無造作に投げ飛ばす。
真っ二つになったそれは、青い血を撒き散らしながら他の死骸に重なった。
アレルはついでとばかりにフォークを投げ飛ばすと、まるで墓標のように突き刺さる。
手の埃を乱暴に払いつつ、独り言を呟く。
「さーて、いよいよ行くとするか。
魔王を討ち取らないと、気分良く寝れないものね。
屑が偉そうにしているの想像すると、なんかムカつくし」
蹴りで焚き火を消し飛ばすと、アレルは荷物袋を手に取る。
そこから薬草を取り出すと、口に放り投げそのまま咀嚼する。
傷ついてはいないが、この苦味が癖になるのだ。
顔を顰めながら、その味を堪能する。
「うん、実に苦い。まんげつ草も悪くないけど、やっぱりコレよね。
何しろ安いし、どこでも手に入るもの」
ペッと茎の部分を吐き出すと、口元を袖で拭う。
そして部屋を見渡すと、少しだけ目を閉じる。
今までの事、そしてこれからの事。
魔王を倒した後、一体自分には何が残るのだろう。
そして、何が変わるのだろうか。
一つだけ分かるのは、
『魔王を倒した後、勇者は必要がなくなる』ということだけだ。
「……ま、いっか。
きっとなるようになるわよね。
明日は明日の風が吹くもの」
努めて明るく独り言を呟いた後、アレルは呪文を唱えた。
『リレミト!』
「今日はこれくらいにしておく?
地下10階まで来たし、そろそろ時間も時間でしょう」
私は隣を歩くマタリに声を掛ける。
盾を構えての警戒歩行。
前回の失敗を反省し、常に気を張っているらしい。
だが、見てるこちらが疲れてしまう。
「え、ええ。そうですね。
今日はこれぐらいで良いかもしれません」
剣を収め、懐中時計で時間を確認している。
私の体内時計によると、残り時間は後三十分程度である。
具体的にはお腹の減り具合から割り出されている。
「じゃ、ちょっと休憩しましょう。
小腹も空いたしね」
通路脇の、適当な段差に私は腰掛ける。
「――ふぅ。少し疲れましたね」
それを見て、マタリも一息ついて、そのまま座り込む。
やはり疲れが溜まっているらしい。
1Fから気を張っているのだから当たり前である。
私は腰の小袋から、小さく刻んであるパンを取り出し口に放り投げる。
味気ないが、噛み応えがあり食べた気になれるのだ。
「食べる?」
「いえ、私は結構です。今は何も食べたくなくて」
「そう、じゃあ良いわ」
なんだか落ち込んでいるマタリを尻目に、私はムシャムシャと咀嚼を続ける。
余りに味気ないので、非常食の干し肉も口に放り投げる。
塩味が口の中に広がり、私は小さな幸せに包まれる。
やっぱり人間、食べてるときと寝てるときが一番幸せよね。
じゃあ何でこんな糞みたいな場所にいるんだって話だけど。
楽をするにも元手が必要だし、私は戦うことしか出来ない。
今更『普通の娘』として生きるのは無理だ。
手遅れであるし、そのつもりもない。
「あ、あのアレルさん」
「ん、なに?」
「そ、その……」
言い淀むマタリ。私は首を傾げる。
まぁ言いたいことは大体分かる。
が、本人の口から出てくるまで私から話すことは何もない。
前回の件は、本人が一番痛い目にあったので、
軽い説教で済ませてやった。あまり覚えていないらしいので。
悩むマタリを眺めていると、先の通路から何やら獣がトコトコと近づいてくる。
ネズミを一回り大きくしたようなサイズ。
ネズミの天敵、いわゆる『猫』である。
ニャーとなき、人間を小馬鹿にするあいつらだ。
たまに悪魔が化けているので、油断してはいけない。
砂漠の王国では酷い目にあった。実に懐かしい。
『ニャー』
「あ、猫ですよアレルさん。ちょっと大きいですけど、可愛いですね」
悩む姿から一転、マタリは能天気な声を出している。
現金な奴だと少し呆れながらも、私は猫を観察する。
人懐っこい顔を浮かべながら、顔を手で擦っている。
そして私の干し肉を眺めると、ニャーと甘えるような鳴き声を上げた。
「――猫、ねぇ。もしかして、この肉が欲しいのかしら。
ねぇ、欲しいの?」
手で干し肉をブラブラとぶら下げる。
猫は目を細めてニャーと再び鳴いた。
「アレルさん、それあげちゃ駄目ですか?
私、猫好きなんですよね」
窺うような表情のマタリ。
犬より猫派らしいが、そんなことはどうでも良い。
ちなみに私も猫派である。以前は犬が好きだったが。
その飄々とした性格が良い。
それはともかく、私はマタリに冷たく告げる。
「駄目に決まってるじゃないの。
というか、今すぐ殺しなさい」
「え、ええ!? ど、どうしてですか」
「こんな迷宮に普通の猫がいるわけないでしょう。
良く考えなさい。油断したら最後、頭から齧られるわよ」
「た、確かにそうですけど。うーん」
マタリが信じられないというような表情で猫を見ている。
私はダガーナイフを抜き、猫に切先を向ける。
「いつまで『猫』を被っていられるかしら?」
『……グルル』
「あ、アレルさん。猫が脅えてますよ」
「良く観察して。こちらの隙を伺っているのが分かるはずよ。
意識を集中して、コイツの殺気を感じ取りなさい」
「は、はい!」
マタリは言われたとおりに、目を凝らして観察を始める。
何かを感じ取ったらしく、静かに剣と盾を手に取った。
これで気付かないようなら、即座にお払い箱だ。
間抜けな餌を連れて行くほど、私もお人良しではない。
「……その猫被りは中々だけど。アンタから血の臭いがするのよ。
ほらっ、さっさと正体現しなさい!」
ダガーナイフを投擲する仕草を取ると、
『猫』は後方に一回転して、本性を現す。
『グルルルルル!!』
歯を剥き出しにして、鋭い鉤爪を構える化猫。
上層部に出現するとかいう『ヘルキャット』だろうか。
確か銀貨1枚だったはずだ。
「マタリ、私が援護するから討ち取りなさい。
逃がすと邪魔臭いから、必ず仕留めるのよ。
――準備は良い?」
「は、はい! いつでもいけます!」
盾を正面に構え、剣を後ろに引いている。
これがこの娘のスタイルなのだろう。
ネズミ戦でも盾を駆使した戦い方が目立っていた。
まだまだ荒削りだが、これから伸びるだろう。
女にしては体格に恵まれ、実に戦士に向いている。
隣同士で並ぶと、私が見上げる形になるのだから間違いない。
その癖、私の方が偉そうにしているのは、傍から見てどう映るのだろうか。
化け猫がマタリに飛び掛ろうとするのを、視線で牽制する。
殺気を籠めたそれは、化け猫の身体を竦ませた。
「――ギラ!!」
『ギニャア!!』
化け猫の顔目掛けて、火炎呪文を放つ。
火が猫の顔を覆い尽くす。
熱による痛みを堪えきれずに、顔を抑えてもがき始める。
その隙を逃さず、マタリが突撃を開始した。
「ハアアァァッ!!」
盾で相手の頭を痛打し、化け猫の体勢を崩す。
そこに振り下ろしの剣が突き刺さる。
化け猫が暴れながら爪を走らせ、マタリの腕を引き裂く。
『ギニャアアアアアアアアアッ!!』
「クッ! このッ!!」
鎧によりダメージは軽減されたが、血が滲み出る。
それぐらいで剣を手放すようではお話にならないが、
当然そんなことは有り得ない。
脳髄を抉るように、マタリは剣を小刻みに動かし続ける。
血飛沫が迸り、マタリの鎧を赤く染め上げていく。
私は華麗に回避する。
新品の服なので、一応少しだけ気にしておいた。
化け猫は喧しく絶叫を上げると、やがて身動きしなくなった。
どうやら終わったらしい。
連携というには程遠いが、それなりに上手くいったようだ。
「ハァ、ハァ!」
「良い攻撃だったわ。特に、刺した後のグリグリ。
あれは効くのよねぇ。やられると痛いじゃすまないけど」
軽く笑い飛ばしながら、私はマタリへと歩み寄る。
そして腕を取ると、治癒を開始する。
「アレルさん?」
「ベホイミ」
癒しの光が、マタリの右腕を包み込み、傷をたちまちに回復させる。
そこまでの重傷ではないようなので、これで何も問題はない。
「き、傷が塞がっていく」
「跡は残らないわよ。心配しなくても大丈夫」
「…………」
「どうかしたの? 押し黙っちゃってるけど。
ああ、料金は取らないわよ」
下からマタリの顔を覗き込む。
先程の悩んでいる時の顔がそこには浮かんでいた。
「あ、あの。さっきも言おうとしてたんですけれど」
「……うん?」
「アレルさんはどうして私と組んでくれるんですか?
魔法を使いこなし、治癒まで扱えるのに」
「…………」
「だ、だから、その。
もしかして、私はお荷物なんじゃないかなぁ、なんて」
アハハと自嘲気味に笑うマタリ。
だがその言葉は、彼女の本音なのだろう。
前もこんなことを言われたような気がする。
今回は、『化け物』呼ばわりしないだけ、マシなのだろうか。
あの時は一体なんと言われたんだっけ。
良く思い出せない。
「……どうしてアンタと組んだのか。
うーん、なんでだったっけ。私にも良く分からないわ。
成り行きってヤツかしらね」
「そ、その、もし迷惑なら言ってくださいね!
私の事は気にしないでも大丈夫ですから。
今までも一人でしたし、慣れています」
悲しげな笑みを浮かべる。
恐らく、彼女の出身が影響しているのだろう。
確か没落した貴族だったはず。
ここに来るまでに、色々あったんだろう事が窺える。
良くある話ではあるが。
『勇者』の私が言うのだから間違いない。
それはともかくとして。
「……一人より、二人の方が良い時もあるのよ。
敵の攻撃が分散するし、お互いの隙をかばい合うことが出来る。
それに自分が足手まといだと思うなら、鍛錬すれば良いだけよ」
「……でも」
「『でも』じゃない。
魔法が使えないなら、剣術をひたすら磨けば良いのよ。
アンタは筋が良いから、経験を積めばきっと強くなれる。
私が保証するから間違いないわ」
どうして私はコイツを庇うような事を言っているのだろう。
こんな世間知らず、どうだって良いじゃないか。
一人で突き進んで、勝手に野垂れ死ねば良いのだ。
その隣に、もう私はいないのだから。
知ったことではない。
「…………」
「……それに、万が一、私が痺れて動けなくなっても、
アンタがいれば助けてくれるでしょう?」
あの時、誰かがいれば私は変わらなかっただろうか。
それともやはり、こうなってしまっただろうか。
私は無意識に、喉元へと手をやる。
なぜか分からないが、焼けるように熱い。
剣は喉に突き刺さっていないのに。
抑えていた掌を眺めてみたが、やはり血痕はついていなかった。
私の世界が歪む。
「ア、アレルさん?」
「……それでも嫌なら、アンタの好きにしなさい。
元々正式なパーティじゃなかったんだし。
去る者は追わないわ。それが私のポリシーだからね。
慣れてるから大丈夫よ」
マタリから視線を外し、ダガーナイフを力任せに振るう。
化け猫の尻尾を斬り飛ばすと、乱暴に皮袋へと突っ込む。
マタリが慌ててこちらへ近づいてくると、凄い勢いで頭を下げてくる。
「弱音を吐いたりして、ごめんなさい!
しばらくはお荷物かもしれませんが、きっとすぐに追いつきます!
絶対に強くなって見せます!!」
「そ、そう良かったわね」
「はい! なんだか吹っ切れました。
私は剣の道を究めることに決めました!」
「そ、そうなんだ」
「はい、ずっと悩んでたんです。
本当にこのままで良いのかって。
アレルさん、本当にありがとうございました!」
そう言うと、がっしりと私の手を握り締めてくる。
先程までの落ち込みが嘘かのように勢いづいている。
正直暑苦しい。握り締められた手が悲鳴を上げている。
なんという馬鹿力だ。
「ちょ、ちょっと。いきなり何よ。
ほら、離れなさい!! 暑苦しいわ!」
強引に手を振り払うと、今度は頭を掴まれる。
凹んでいたかと思ったら、やたらとアグレッシブに。
本当に掴めない娘である。
私の頭はきっちり掴まれているが。
「ちょっとだけ、顔に血が着いています。
今綺麗にしますから、動かないで下さい。
すぐに終わりますからね」
マタリが布でゴシゴシと私の顔を拭き始める。
顔が面白い形にグニグニと形を変えられていく。
もう少し加減とやらが出来ないものであろうか。
というか、一体何を考えてるんだこの娘は。
私は子供ではないのだから。
「――はい、これで大丈夫です。
いつものアレルさんに戻りました」
「あ、アンタね。やり方ってものがあるでしょう!!
顔を拭くぐらい自分で出来るわ!」
「ご、ごめんなさい」
頭を掻いているマタリ。
「本当は悪いと思ってないでしょう。
顔にそう書いてあるわ」
「そんなことありません!
毎日欠かさず、顔と歯は洗っていますから!」
両手を前に出し、とんでもないと身体でアピールしている。
私の精神力が少し消耗した。
やはり解散しておくべきだったかもしれない。
頭痛の種を手に入れてしまった気がしてならないのだ。
どうせならラックの種が欲しい。
それならば『幸せ』が手に入りそうだから。
「はぁ、なんだか疲れたわ。
今日はパーッと騒いでぐったりベッドで休むわよ!
当然、アンタの奢り」
「そ、そんな。割り勘にしましょう。
私達は仲間なんですから!」
意外とセコい。私も結構セコいけれど。
何しろ、旅には金が掛かるものだから。
貧乏性なのは職業病か。
「やかましい。一人で大騒ぎした迷惑料よ。
私は小食だから、安心して良いわよ」
「……嘘ばっかり」
「何か言った?」
「いえ、何も言ってません!」
「……おい、寝るなら部屋に行ってくれ。
他の客に迷惑だ。一応稼ぎ時の時間なんでな」
マスターが、小声で注意してくる。
「……私に言わないでよ」
心外である。寝ているのはこの馬鹿女なのに。
ルイーダの酒場に着くや否や、散々飲み食いした挙句、
いきなり爆睡する始末。
私がいくら揺り動かしても、全く起きる気配がない。
「お前の仲間だろうが。最後まで面倒を見ろ。
しっかりと飲み食いした代金を、きちんと払ってからな」
おかしい。確か私が奢られるはずだったのだが。
どこかでボタンを掛け違えたらしい。
仕方がないので、私はこうすることにした。
「マスター、もう一杯」
「酒はもう駄目だ。お前、自分も寝てしまえば何とかなると思ってるだろう。
俺の目は誤魔化されないぞ。今すぐ金を払って部屋に帰れ。
その嬢ちゃんを連れてな」
警戒する目つきで、こちらを睨みつけてくる。
まんまと料金を踏み倒されたトラウマでもあるのだろうか。
私の事まで疑うとは、実にとんでもない話である。
「はいはい、分かったわよ。今日はもう帰るわ。
はい、代金よ」
文句をブーたれたい気持ちで一杯だったが、私は我慢した。
大人な私は、自分を抑えることが出来るのだ。
金をテーブルに勢い良く叩きつけると、馬鹿女の腕を取り、私の首に回す。
背負うのは流石に恥ずかしいので、このまま運んでいくとしよう。
「女なら、もう少し丁寧にしたらどうだ。
……一つだけ警告しておいてやるか。
賞金首の数名が、お前に興味を持ち始めたって話だ。
精々気をつけるんだな」
「へぇ。一体どんな奴等なの?
また面白い見世物が見れるかもね」
挑戦的な笑みを浮かべてみる。
ギロチンショーは中々だった。
作った奴の性格が滲み出ていたし。
「賞金首なんてのは、どいつもこいつもイカれてる奴等さ。
そんなヤツが、普通に街で暮らしてるんだからおっかねぇ」
やれやれと首を振るマスター。
こういった商売柄、色々なヤツを見てきたのだろう。
「ふーん。まぁどうでも良いわ。
見つけ次第ぶっ殺すことにするから」
「……しかし、お前みたいな小さいのがサルバドを討ち取るなんてな。
未だに信じられないぜ。何かの間違いじゃないのか?」
「間違いなんかじゃないわよ。
それに、私は小さくないし」
私の背丈は標準である。
隣でグースカ寝ているマタリが、デカいだけだ。
歳は18歳で、私よりも年上。信じられない。
ちなみに私は16歳である。
「……胸は小さいみたいだな」
不躾に私の身体を眺める糞親父。
とある場所で視線が止まると、軽く溜息を吐いた。
「ああ゛?」
殺気を籠めてマスターを睨みつけると、脂汗をダラダラと流し始める。
ダンディな顔が台無しである。
「い、いやなんでもない。俺は何も言ってないぞ。
きっと空耳だろうな」
「そう? 本当に聞き違いかしらねぇ。
……これは貸しにしておくから。
今度サービスしなさいよ」
ジト目でマスターを睨みつける。
両手を上げて降参のポーズを取っている。
「分かった分かった。
……とにかく、油断しないことだ。
イカれた奴等に狙われるなんて、洒落にならないからな」
それに手を上げて了解すると、私は階段を上り始める。
さぁ、この馬鹿を放り投げて、とっとと暖かい布団で横になることにしよう。
きっと今日は気分良く寝れるはずだから。
・ヘルキャット
ネズミと人間が好物。人間の子供程度の大きさ。
猫を被って近寄り、油断したところを食い殺す。
爪は鋭く、鉄を簡単に引き裂く。
群れは作らず、単体で行動する事を好む。
繁殖期は更に凶暴化するので注意が必要。
『ニャー』
+注意+
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