・魔術師ギルド 訓練場
魔法衣を纏った若い男が、必死の形相をしながら刺突剣を握り締めている。
左手には杖を抱え、小言で詠唱を行っている。
剣には不慣れな為、構えが不恰好で素人のそれと変わりがない。
「エンチャント・ファイア」
男が詠唱を終えると、剣から炎が立ち上る。
周りの魔術師達は、詳細にその様子を書類へと書き込んでいる。
目標は前方に磔にされている魔物の死体が三体。
赤い皮膚をした、首なしのトロルである。
変異した魔物には、魔法の効果がない。
この特性を持つ魔物の発生により、
魔術師達は一年間頭を抱え続けているのだ。
自分達の天敵ともいえる存在なのだから当然である。
その状況を覆すために、死体を研究材料とし、
日々研究、実験、考察、改善、再び研究という流れを繰り返している。
「よし、やれ」
年配の魔術師の号令により、男は勢いをつけてトロルの死体へ突きを入れる。
「『初級術式・炎』開放!」
深く刀身を突き入れたところで、キーワードを唱え効果を発動。
赤いトロルの死体は内部から燃え盛り、黒煙と共に異臭を生じ始めた。
男は剣を引き抜くと、次の死体へと突き入れに向かう。
「ふむ」
「実験はまずまず成功といったところですか。
エンチャント効果を三体目までもたせる事が出来ました
威力が多少弱まってしまいましたが」
火の手が上がる死体を眺めながら、助手の男が尋ねる。
「問題は、我々が剣を扱うのは多少無理があるということだ。
魔法の行使には杖が必要だ。一々持ち替えている暇などあるまい。
となると、専門家に装備してもらうのが一番なのだが」
剣の素人が、変異種に突きに行ったところで恐らく返り討ちだろう。
相手は動かない的ではないのだから。
変異種は、攻撃性、各能力共に向上している厄介な魔物だ。
「戦士達には、この剣は大層不評ですからな。
耐久性が劣悪で、打合いにも弱い。
銅の剣の方がマシだと言う者までおりますし。
これの真価は、付与した魔術を発動させる事にこそあるというのに」
大量の魔素が練りこまれた金属で作り上げられた特製の剣。
複雑な呪文が刻まれ、魔術師でも扱えるように軽量化されて作り上げられた。
魔術師ギルド渾身の逸品だ。
市販の剣ではエンチャントを行った瞬間、
刀身が崩壊するか、火の手が所持者にまで及ぶだろう。
この刺突剣が本領を発揮するのは、相手の体内に突き入れたとき。
魔力の器を持たない者でも発動する事が出来、
赤い皮膚をもつ変異種への、切り札となる予定の物である。
その代価として、耐久性が極度に低下している。
相手の身体に突き入れることを目的としている為、刀身も細い。
刀身を太く、頑丈にすればするほどコストがかかる。
値は馬鹿みたいに張るが、数匹相手にしただけで使い物にならなくなってしまう。
更に一度発動させる度に、再びエンチャントをする必要もある。
赤い魔物だけを相手にする訳ではない戦士達からの評判は、散々である。
まだまだ大量生産しての実用化には程遠い。
今回の実験は、使いきりだったエンチャント付与効果を三回まで増加させるものだった。
実験は成功したが、効果が多少落ちてしまったようだ。
「まぁ、事実だから仕方がない。
斬り付けるだけなら普通の剣でも構わないのだからな。
しかし、我々の護身用としてあるに越したことはないだろう」
既に、大金と大量の魔素を注ぎ込んでしまったのでそう言うしかない。
今更失敗作でしたなどと言ったら、ギルドマスターのエメラルドに殺されかねない。
あの女はやると言ったら、本当にやるのだから。
年配の男は身震いする。
助手の男は、気まずくなった空気を変える為に話題を変える。
「我々の課題である、魔術発動媒体の小型化の件ですが。
指輪で発動させる為の研究は順調です。
ただし、こちらも耐久性に難があります」
「魔力を変換し、術式を発動させる為の媒体とはいえ、現状不便極まりない。
勇者は杖を使わず、即座に魔法を行使していたそうではないか。
魔術の専門家たる我々も、急いでその域に達する必要がある」
「完成すれば、導師様のギルドマスターへの昇格も間違いなしですな」
助手がお世辞を言うと、年配の男は眉を顰める。
「全く、エメラルド様は後何年生きるつもりなのだ。
このままでは私が先に死んでしまうぞ。
可及的速やかに引退してもらわなければな」
「た、確かに。いつまでもお美しいですが、流石にアレですな。
エメラルド様にもそろそろご自重して頂かないと」
導師が幼少の頃よりギルドマスターの地位に就いていたエメラルド。
五十に近づいた今となっても、その状況は変わらない。
彼女が居座っている限り、これ以上の昇格はない。
能力を磨き、実績を挙げてきたつもりの導師にとっては厄介極まりない存在である。
別に毛嫌いしている訳ではないが、人間限度と言う物がある。
「まぁ今は良い。それでは実験を再開しよう。
次は氷系統を試してみようではないか。
その次は上級魔術付与に、剣が耐え切れるかどうか――」
導師がそこまで言った瞬間、
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
というけたたましい金切り声が響いてくる。
侵入者防止の為にギルド内に放ってある『騒がしい精霊』の悲鳴。
『ハイド』、『姿隠し』などを使っている不審者を焙り出す特殊能力持ちだ。
魔術師ギルドは金になる技術やアイテムが豊富な為、こういった警戒は欠かせない。
「し、侵入者2名!! 自分は勇者などと名乗る不審者が引っ掛かりました!」
見習い魔術師が報告に駆け込んでくる。
訓練場にいた魔術師達はやれやれと首を振りながら、再び実験を再開している。
特に慌てるような事態ではないからだ。
警戒に引っ掛かるような間抜けだ、特にこれ以上することはない。
「落ち着け、馬鹿者が。珍しいことではあるまい。
とっとと捕まえて、警備兵に差し出すのだ。
我々は常に冷静沈着に行動しなければならん」
「し、しかし。阻止しようとした先輩方が、軽く捻られてしまって。
そ、その。魔法を使おうとしても、全く発動できないのです!」
「……やれやれ。これも新人教育のうちか。
私が手本を見せてやろう。実験の方は任せたぞ」
「了解しました。こちらはお任せください」
「若き見習い魔術師よ。その愚か者の所まで案内してもらおうか」
「こ、こっちです。先輩達は、例の刺突剣を使って応戦中です!」
全く大げさなことだと、導師は深く溜息を吐く。
鼠一匹に、これだけ騒げるとは平和な証拠でもある。
愛用の杖を装備すると、見習いを引き連れて訓練場を出て行った。
見習いに案内され、導師はギルドの大広間へと到着した。
この広間から各実験場、訓練場、教室、執務室へとつながっている。
魔術師ギルドの形は正六角形。魔術的意味があるそうだが、本当かどうかは誰も知らない。
2階にはギルドマスターの部屋、大規模実験場、更には悪名高い死霊術師の私室が設けられている。
大規模実験場は常にトーチラットが見張りについており、
中に入れるのはギルドマスターの命を受けた限られた者だけである。
無理に押し入ろうとすると、火薬樽を装備したトーチラットが自爆するという恐ろしい事態が待っている。
導師は何が起こっているのか把握しようと、場を観察する。
杖を必死で叩きつけている魔術師もいれば、剣を持って立ち竦んでいる者もいた。
寝転がっているのは、顔を腫らした数名の魔術師達。
エンチャント済みの剣を叩き折られて、地に伏せている。
「……なんだこれは。どういうことか今すぐに説明しろ」
「あ、アイツらです。侵入してきた不審者は。
エーデルさんに会わせろと言ってきたので、問答無用で追い返したのですが。
しかも、私は勇者とか訳の分からないことを」
魔術師ギルドは、基本的に身内以外には冷たい。
よって、会いたいなどと言って尋ねてきても、即座にお帰りいただくのが決まりだ。
自称勇者などという輩は、言わずもがなである。
「未熟者めらが。幾ら魔力の器を持っていようが、
油断してやられるようではどうにもならん。
修行が足らんわ、このたわけが!」
導師が伏せっている魔術師を蹴りつける。
蹴られた若い男はうめき声を漏らす。
「こうなりそうだったから、わざわざ消え去り草を使ったのに。
ったく、迷惑なモン放し飼いにするんじゃないわよ。
おかげで面倒な事態になったじゃない。耳は痛いし」
「私は注意したのに、アレルが引っ掛かったんじゃないか。
どうして、あんなのに引っ掛かるのかな。もしかしてうっかりもの?」
「私は苦難を押し破るのが好きなのよ。
それに一々避けてたら勇者は務まらないわよ」
「最初と言ってることが違うよ」
「うるさいわね。それにしても脆い剣ね。
銅の剣のほうがマシよね、これじゃ」
愚痴を言いながら、少女は手にした刺突剣を軽々とへし折る。
残骸を放り投げると、やれやれと首を振っている。
導師の怒りのボルテージが急速に上がっていく。
失敗作かなと、自分で思うのは良いが、
人から言われると腹が立つ。世の中そういうものだ。
「何者かは知らんが、今すぐ立ち去れ。
ここはお前の様な者が存在して良い場所ではない。
魔力の器を持たぬ、下賎な小娘が」
恐らく、金に困ったレンジャーギルドの人間だろうと予測する。
時折度胸試しなどと称して、忍び込みにやってくるのだ。
ついでに金目の魔法道具を盗んでいくから始末に終えない。
「だから、ちょっとピンキー……じゃなくて、エーデルに会ったら帰るわよ。
別に良いじゃない。減るものじゃないんだし」
「黙れ。魔術師エーデルは結界構築の為の研究中だ。
貴様如き輩と話している無駄な時間は一切ない。
よって、この場で即刻立ち去ってもらおう。
無理矢理にでもな」
導師は杖をたたき付け、すかさず詠唱を開始する。
魔法陣が周囲に展開され、眩い光を放ち始める。
油断していたとはいえ、部下達が数名蹴散らされたということは、
そこそこの実力はあるのかもしれない。
不意を討たれれば、幾ら魔術師とはいえ倒されるのは当たり前だ。
念のために、早めの詠唱を行い不意打ちに備える。
「お、お気をつけください。奴は魔法を――」
「貴様は黙ってよく見ておれ。
熟練の魔術師である、この私の戦いぶりをな。
勝負は一瞬で終わるだろう。
娘。今素直に立ち去るなら見逃してやるぞ。
私とて、鬼ではないのだから」
「さっきから、ベラベラと良く回る舌ね。
私は、ただ知り合いに会いに来ただけなのに。
どうして追い返されなくちゃいけないのよ」
「フン。返答はそれか。よろしい。
五体満足で済むとは思わないことだ」
導師が最後通告を行うと、
展開されていた魔法陣から複数の属性の魔力弾が放たれた。
「……? 何か騒がしいわね」
「ああ、さっき侵入者が見つかったみたいで。
オヤジ殿が鼻息荒く向かったみたいですよ。
実験放り出して、見習い引き連れていくの見ましたし」
「実験? 変異種族特効武器の研究だっけか?
成果が芳しくなくてエメラルド様が文句言ってたな。
金の無駄遣いだと」
「あの微妙な剣にまだ固執してるんだろ。
オヤジ殿も頑固だなぁ。そして元気だ」
ハハハと笑い声を漏らす魔術師達。
それは軽蔑しているというよりは、相変わらずだと言う類のものだ。
そこそこに尊敬はされている人物なのだ。
頑固で、出世欲が強いのが珠に瑕だが。
「馬鹿馬鹿しい。煩いから外でやってほしいわねぇ。
こちらの結界はもうすぐ。もうすぐで完成よ」
黒服を纏ったエーデルが、呆れた口調で呟く。
そして再び魔術詠唱を再開する。
ここは結界の研究の為に設けられた大規模実験場。
中央の巨大な魔法陣には、アークドラゴンの首がある。
白骨化しているが、目には無念の暗い緑色の光が灯っている。
莫大な魔素がこの首に集中している為、この状態のまま保管されている。
このアークドラゴンの首を叩き落した少女は、現在は存在しない。
エーデルが暗示により無理矢理再起させ、死地へと送り込んだからだ。
果たして、あの暗示は本当に効いていたのか、それとも効果はなかったのか。
今となってはどちらかは分からない。
ただ、あのときのアレルは痛みを堪えていた。
『痛みは慣れれば大丈夫』そう彼女は言っていた。
そんな馬鹿なことはありえない。ただ、我慢していただけだろう。
強気で傲岸不遜なアレル。そして痛みに耐え切れず涙を零していたアレル。
では、エーデルが最後に見たアレルはどちらだったのだろうか。
「……今となっては、もう、分からないわね」
あれは最善の手段だった。今でもそう考えている。
だが、感情は別だ。叫びたくなるような激情を堪える。
「エーデルさん?」
「いえ、なんでもないわ」
迷宮を覆う為の結界はもう間もなく完成する。
以前同様のものとは言いがたいが、魔物が外に出てくるのは確実に抑えられる。
この竜の首を礎として。
そうすれば、エーデルの仕事はお終いだ。
これで、己のやるべき仕事は全て終わる。
「それにしても、結界を張り続けるために魔素が必要とは皮肉な事ですな。
教団からの依頼である、迷宮の完全封印は当分出来そうにない」
「仕方がなかろう。結界を張り巡らせ続ける為には、魔力が必要なのだ。
それだけの膨大な魔力は、魔素を注ぎ込む以外には不可能だ」
「魔物を防ぐために、魔物を狩り魔素を抽出する。それを用いて結界を張る。
何とも利に適っている。冒険者家業は暫くは安泰ですな。
各国のお偉いさんは、どう思うかは知りませんがね」
「奴らは魔物を甘く見すぎている。
外で繁殖でもしたらどうするつもりなのだ。
……もしかしたら、もうそうなっている可能性も」
「おいおい、悪い冗談はやめないか。洒落になってないぞ」
結界構築班の魔術師達が思い思いの言葉を述べる。
そう、永続的な結界はやはり不可能だったのだ。
そこで、教団の『星砲』の理論を用いて、結界を構築することにした。
今までは、『闇の衣』の作成にその殆どが注ぎ込まれていたという魔素。
それを今度はこの竜の首に注ぎ込み、結界を張り巡らせる。
半永久的に注ぎ込まなければいけないが、それは協会の仕事だろう。
魔素による収入が減ろうが知ったことではない。
予想では、教団の収入は激減するはずだが。
「とにかく、私達の仕事は今日でお終い。
後は迷宮にこいつを設置するだけよ」
最後の詠唱を刻み終えたエーデルは、白骨化した竜の頭を手で叩く。
魔術師達もお互いの働きを称え、握手し合っている。
この1年間、ほぼ軟禁状態で働いてきたのだから。
「ところで疑問なのですが。G・アート卿が展開した結界は、
一体どうやって維持していたのでしょうか」
「確かに。あれだけ強力なものだ。
維持するだけでどれだけの魔力が必要だったことやら。
魔素は使ってはいなかったのでしょう?」
「うーむ。G・アート卿の魔術書があれば分かったのだろうが。
あの騒ぎで紛失してしまうとは。実に惜しい。是非見たかった」
「さぁね。我々に出来ないことをしたから、英雄なんでしょう。
真実はどうかは知らないけれどね」
エーデルはその答えを知っている。
旧アート邸で、G・アートが書残したと思われる様々な書物が見つかったからだ。
その中でも、危険な物だけは即座に焼き払った。
万が一にでも再現されるべきではないから。
その他の物も、当然公表はしていない。
この街の創設者にして、結界を張って魔物の出現を封じ込めた英雄G・アート。
そしてその協力者にして、スリースター教団創設者『赤き衣』。
アートは莫大な権力を手にする事を望み、赤き衣は魔素の安定した供給源を望んだ。
両者の思惑は一致し、G・アートは見事独立権を手に入れ、
赤き衣はアートに教団創設の援助をさせた。
結界については、全て赤き衣がお膳立てを整えたようだ。
G・アートが特別な結界術を行使した訳ではない。
彼らが魔素の代わりに用いてきたのは、大量の血と魂を用いた呪術。
異端として狩られた人間、他宗派の人間、そして傷ついた冒険者。
放っておいても、この街には生贄はいくらでもやってくる。
今まで結界を維持することが出来たのは彼らのおかげだ。
現教祖エレナが知っていたかどうかは分からない。
マタリは知らないだろう。教えるつもりもない。
戦死した異端審問官イコナと、大司教イルガチェフは確実に知っていたはずだ。
司教となったニカラグは感づいていたかもしれない。
――今となっては、もうどうでも良いことだ。
鎮魂の碑でも建てるべきだとは思うが、知ったことではない。
死霊術師がそんなことをしたところで笑い話にもならない。
と、エーデルが考えをめぐらせていると、
実験場の重い鉄扉が、勢い良く蹴り開けられる。
爆発にも耐えられるよう、重量があり耐久性に優れた扉。
見張りのトーチラットは、任務を果たすことなくぐっすりと眠りこけている。
死体の癖に寝るのかと疑問に思うが、今はそれどころではない。
登場したのは、顔に煤を付けた見覚えのある少女。
エーデルの姿を見つけると、表現しがたい顔をする。
何を言おうか迷っているようだ。
その背後には、無表情でエーデルを睨んでいる羽付き帽子の少女。
「な、なんだお前ら! 部外者は立ち入り禁止だ!
どうやってここまで入り込んだ!?」
「お前ら侵入者か? オヤジ殿はどうした!」
魔術師達が慌てて入り口へ向かい、乱暴に押し返そうとする。
「……待ちなさい。彼女達は私の知り合いよ。
大丈夫だから、通してあげて。
それと、少し私達だけにして頂戴。
……何があっても彼女達には手出し無用よ」
「え、エーデルさん?」
「良いから出て行きなさい。これは、命令よ」
エーデルの命令に、渋々といった様子で出て行く魔術師達。
その途中で気絶している哀れな導師を発見し、急いで僧侶ギルドへと担ぎこんだ。
「…………」
「…………」
「アレル、はいハンカチ。顔に汚れが」
アレルはハンカチを受け取ると、乱暴に顔を拭って、
ラーミアへと放り投げる。
顔の煤は先程のお喋り導師との戦いでついたものだ。
魔法が直撃した訳ではなく、アレルがすっ転んでついたものであるが。
勝ち誇りながら移動しようとした時に、倒れている魔術師を踏んづけて躓いてしまった。
鼻も少しだけ赤い。こちらは床に直撃したようだ。
「……生きていたのね。てっきり、死んだのかと思ってた。
貴方の死体、どうしても欲しかったから、見つからなくて残念だったのよ。
でも、生きてたのなら、幾ら探しても見つからないわけよね」
エーデルはおどけた様子で軽口を叩く。
手にしていた杖を手放し、黒いとんがり帽子を放り投げる。
「…………」
「私は、あの時の事を後悔していない。
選択は正しかったと思っている。
だから、これから貴方が何をしようとも、私は恨まない。
抵抗もしない。好きにして構わない」
「…………それで?」
「結界も完成した。私の仕事はようやく終わった。
少しだけ疲れたから、貴方の手で楽にしてくれると助かるわ。
もう、やりたいこともないし」
アレルは腰の雷神の剣へと手を掛けた。
エーデルは覚悟を決めて、ゆっくりと目を閉じる。
ラーミアが一歩進み出るのを阻止し、アレルはカバンからある物を取り出す。
「――良い覚悟ね。それじゃあ行くわよ?」
「……本当にごめんなさい。
最後に、私の部屋の机に、貴方の日記――」
エーデルが言いかけた所で、水飛沫が顔面に直撃する。
アレルは得意気な顔で水鉄砲を連射する。
ラーミアもついでに発射している。
「辛気臭い顔しやがって。この馬鹿ピンキーが。
その地味な黒服、全然似合ってないから、とっとと着替えろこの馬鹿!」
「甘いね、アレルは」
水鉄砲を撃ち尽くしたラーミアが呟くと、アレルの拳が落ちる。
「うるさい! それと仲間が帰ってきたんだから力の限り奢りなさい。
酒場で待ってるから、目に痛くて派手ないつものピンクで来るように。
これは命令よ。勇者の命令は絶対だから、死んでも聞くように」
「ぷ、ぺ、ぺっ。な、何を――」
エーデルは鼻に入った水をローブで拭っている。
「それじゃあ私は行くから。
来なかったらまた来るから覚悟しなさい」
「ちょ、ちょっと待って。少しだけ話を――」
「黒服の不吉な女の話なんて聞く耳持たないわ!
それじゃあ酒場にいるからね!」
エーデルの言葉を待たず、アレルは足取り軽く部屋を後にする。
後には水浸しのエーデルだけが残された。
・ルイーダの酒場
「アレルさん、寝ちゃいましたね」
「今日は色々あって、疲れたんだと思うよ」
「……あれだけ高い酒を飲み干せば、誰でも潰れるわよ。
ご丁寧に、高い酒と高い料理だけ頼むなんて」
ピンクのローブを纏ったエーデルが呆れている。
1年ぶりのピンクの服に、どこか居心地が悪そうだ。
「支払いはアンタが持ちなよ。アレルの命令でしょ」
「分かってるわ」
「ふん。どうだかね」
ラーミアは冷たく言い放ち、辺りを観察する。
周りの客も今日は大人しい。
エーデルの悪名と名声は街中に広まっている。
防衛戦において、共に戦っていた仲間を死霊術により屍兵とした女。
頭と感情は別物。人間の尊厳を弄ぶ死霊術師として以前にも増して忌み嫌われている。
流石の酔っ払いたちも、今日は絡んでこない。
狂戦士と死霊術師が鎮座している酒場で、大騒ぎしようとはあまり思わないようだ。
しかも今は夕方なので、まだ客の酔いも回っていない。
外はいつの間にか雨が降り始めている。
そして相変わらずラーミアはこの女が気に食わない。
とにかく生理的に合わないのだから仕方がない。
アレルがいなければ、外道と判断して食い殺しているかもしれない。
纏わりついている死臭が鼻に突き刺さるのだ。
死体を使役する外法使い。鳥の頭では理解しかねる。
つまみの野菜スティックを齧り、芯を不機嫌に吐き出す。
「そういえば、今日勇者の亡霊が出たそうなんですよ。
ぶっ殺してやろうと思って、協会に乗り込んだら既に逃げた後でして。
化け物の面をつけていたとかなんとか」
物騒極まりない言葉を吐きつつ、
横に立て掛けてある大剣を何気なく触っている。
そのまま振りかぶってこないか、ラーミアはとても不安だった。
目が据わっているから。
「へ、へー。それは大変だったね」
「次見つけたら、問答無用で潰すことにしますから。
もう二度と勇者の偽者が現れないように、見せしめにしないと。
見かけたら、是非教えてください」
「そ、そうだね、分かったよ」
ラーミアは視線を合わせないようにした。
ここにいますよとは、口が裂けても言えなかった。
「……マタリちゃんは相変わらずね」
「エーデルさんも、相変わらず眩しいですね。
ピンクで目が痛いです」
マタリについてはご覧の通り。
天然な毒を吐きつつ、日々精一杯生きているようだ。
アレルが酔って潰れるまで、一生懸命世話を焼いていた。
お前は母親かと言わんばかりのお世話好き。
アレルが男だったら、嫁としては最適なのにとラーミアは残念に思った。
仕方がないので、料理が苦手なアレルの代わりに子育てでもしてもらうつもりだ。
苦手かどうかは知らないが、どうせ焼肉ぐらいしか出来ないのは間違いない。
腹に入れば何でも良いと、薬草を丸齧りしてきた女なのだから。
それに勇者アレルの子供で、狂戦士マタリに鍛えられれば将来有望間違いなし。
さぞかし自分の良い遊び相手になるだろう。
長い人生、将来設計も重要である。
アレルの行く末を見守ると同時に、その後も見守りたい。
ラーミアはご機嫌で酒を飲み干す。
アレルには酒場に来る前に、強引に痛み止めを飲ませた。
気休めに過ぎないが、ないよりはマシだろう。
幻痛は未だに彼女の精神を蝕んでいる。
寝ている時に急に悲鳴を上げたり、時折蹲るのはそれが原因だ。
昨夜もその悲鳴でマタリが気付いてしまい、仕方なく詳細を説明した。
日常でも歯を食いしばっている時は、痛みを感じている時。
強がって表面に出さないようにしているのは、勇者としてのプライドか。
早めに潰れたのは、薬の副作用もあるのだろう。
こればかりはルビスだろうがラーミアだろうが、どうにもならない。
完全回復呪文でも、過去の痛みを和らげる事など出来ようはずがない。
ラーミアもアレル同様テーブルに突っ伏す。
(……本当に世界はままならない)
そんな訳で、アレルが潰れた後のテーブルはひっそりと静まり返った。
その後は各々勝手に飲んだり、考え事をしたり。
ルイーダがやってきて、今までの思い出語りをしたり。
夜が更けても、誰も立ち去ろうとはしなかった。
不死鳥、狂戦士、死霊術師。そして勇者。
奇妙なパーティは、こうして再び集合することになった。
アレルの奇妙なパーティ
教祖エレナ(アークマージの末裔)も入れたら、
近づきたくない人達NO.1です
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