「ここはルイーダの酒場。旅人たちが仲間をもとめて集まる出会いと別れの酒場」
ルイーダがいつものように声を掛けてくる。
いつもとはいえ、私が聞くのは数回程度だが。
最初は旅立ちの時だ。
あの日の事は、今でも思い出すことが出来る。
「……こんにちは。あの、仲間になってくれる人を探しているのですが」
私がそう話しかけると、周りにいた冒険者達が顔を背ける。
ルイーダは営業スマイルを崩すことはなく、登録されている名簿を眺め始める。
「んーそうねぇ。丁度戦士、魔法使い、僧侶が誘いを待っているわね。
後は商人や遊び人といったところだけど」
「じゃ、じゃあ最初の三人でお願いします」
私の言葉に、後ろで座っていた男が大きな音を出して立ち上がる。
「お、おいルイーダ! お前、俺に死ねっていうのか!」
「登録している以上、アンタに拒否する権利はないわよ。
国から金貰った上に、こうして遊んでくらしてんだからね。
少しは世の中の為に働いて来な!」
ルイーダが名簿を叩きつけた上で、冷たく言い放つ。
「あんな端金で死ねるか! ふざけるな!」
酒瓶をテーブルに叩きつける男。
「その端金にホイホイ飛びついた癖に良く言えたもんだ!
ただ飯ばかり食ってないで、さっさと準備しな!」
「じょ、じょ、冗談じゃないわよ。
噂じゃあこれからネクロゴンドに行くらしいじゃないか。
あんな場所に連れて行かれたら、私達は即座にあの世行きさ!」
「そ、そうですぞ。勇者殿、我らなぞ連れていった所で戦力なるはずがありません!
もう一度お考え直しくだされ!」
年老いた魔法使いが、懇願するように頼み込んでくる。
「で、でも。私一人じゃこれからの旅はできないし。
勿論、ネクロゴンドに突入する前にしっかり準備もするから」
「そ、そんな無茶な」
「グダグダ言ってんじゃないわよ。
これ以上舐めた事言ってると、違約金支払いと牢屋行きさ。
契約の時に何回も念押しした通りにね。 覚えてないとは言わせないよ!」
ルイーダが怒鳴り声を上げ、備え付けのベルをチリンと鳴らす。
その音を聞き付け、カウンターの奥から武装した用心棒の男が数名現われる。
普段は雑務担当だが、冒険者同士の諍いを阻止するのが本業である。
当然、それなりの実力者“だった”人間である。
引退した今、冒険者達には遅れを取るだろうが、
その間に警備兵達が駆けつける手筈となっている。
「……わ、分かった。勇者殿のパーティに加わる」
「そ、そうね。牢屋行きなんてまっぴらよ」
「…………」
全く納得していない表情だが、一応は同意してくれた。
時間はかかるかもしれないが、きっと旅をしている内に分かってくれるはずだ。
本当は私だって怖い。それでも誰かがやらなければいけないのだから。
「ど、どうもありがとう。私の名前はアレル。アリアハンのアレル。
この世界を救うために、一緒に頑張ろう」
その言葉に対する返事は、敵意の篭った視線だった。
「アレルよ。ルイーダから大体の事情は聞かせてもらった。
これから幾つか質問をするので正直に答えてもらいたい」
玉座に座り険しい表情の王が、頭を垂れ跪く私に声を掛ける。
「……はい陛下、神に誓って嘘は申しません」
「よろしい」
隣に控えている大臣に目配せすると、書類が王へと手渡される。
「まず、旅立ちの際に仲間に加えた者達が、離脱した理由を聞かせてもらいたい。
……彼らに聞いても口を閉ざし、それが何故かを答えようとはしないのだ。
無論、それぞれが実力者であり善良であることは承知している」
別に罰を与えるつもりはない、何があったのかを知りたいだけだと王は付け加える。
「私が急ぎすぎたのだと思います。一刻も早く世界に平和をと。
そして魔王を倒すべきであると。その分無理をしすぎました」
私は正直に答える。あれから何度も原因を考えた。
全ての責任は自分にある。
「それは間違いではない。
こうしている間にも、魔物の手にかかり死んでいく者達がいるのだから。
だが彼らとて、多くの困難が立ちはだかることは承知していた筈だ。
でなければこれまで戦ってこれたとは思えん」
納得出来ないといった表情で呟く王。
「……決定的だったのは、サマンオサの偽王の一件です。
ボストロールとの戦いの後、全てが変わってしまったと考えます」
「その事件の詳細は聞いている。姿を変えて国を乗っ取ろうとは恐ろしいことよ。
……して、その戦いで一体なにがあったのか」
「正体を現したボストロールの強さは、大変恐ろしいものでした。
あの時の私達が勝てたのは奇跡と言っても良いでしょう。
……私は、勝つために全ての道具、あらゆる呪文を使い、
倒れた仲間を無理やり助け上げました。
何度倒れようと、何度意識が失われようと。
例え血を吐き、骨折れ、拒絶の悲鳴を上げようとも」
トロルの首領との激戦が脳裏に浮かぶ。
恐るべきスタミナ、脅威の破壊力、守備力を低下させる呪文を使いこなす化け物だった。
巨大な図体に似合わぬ敏捷さ。
自慢の怪力で振り回される棍棒は、一撃で仲間を昏倒させた。
ありったけの攻撃、呪文を喰らわせても、まるで倒せる気がしなかった。
「だが、最後には勝利した」
「……はい。私は自分だけで戦いきることを選択しました。
もう彼らには戦う意思が残っていなかったから。
私はどれだけの攻撃を受けようとも、必死で我慢しました。
自分で自分を治療し、何度も何度も剣を突き刺しました」
痛みを押し殺し、相打ち覚悟で何度も何度も突き刺した。
最後の最後、もう魔法力、生命力も尽きようとしたその時。
私の最後の一撃が、相手の急所を捉えた。まさに会心の一撃。
本当に勝てたのは奇跡だった。偶然の賜物だ。
勝利の代償は仲間の信頼だ。彼らには勝利を喜ぶ気持ちなど既になかっただろう。
「彼らは普通の人間だ。生まれながらにして勇者のお前とは違う。
だからこそ己の限界を知り、自ら離れていったのだろう。
その選択が正しいとは思わんがな。己の事しか考えておらぬ」
「……私も人間です」
「人間である前に勇者だ。お前には世界を救うという死命がある。
それをゆめゆめ忘れてはならぬ。お前は勇者オルテガの血を引くただ一人の者なのだから。
オルテガ亡き今、お前だけが世界を救うことが出来る」
「……はい」
「彼らには引き続き、魔物との戦いの最前線に立ってもらうつもりだ。
実力者を遊ばせている余裕は、我が国にはないからな。
本人達もそのことは既に了承している」
強い口調で王は言い放つ。
彼らならば、その期待にきっと応えることが出来るだろう。
私は彼らの顔を思い出しては消していく。
書類を大臣に返し、次のものが王へと手渡される。
「――次の件だが、つい一週間程前、新たに仲間に加えた者達がいるはずだ。
そして、何が言いたいかも察しがついているな?」
「……はい陛下」
「それでは率直に聞こう。
この者達が訴えている事は真か?」
「……一つだけお聞かせください。
彼らは何と?」
私は王の顔を見上げる。
「役立たずと罵倒された挙句、暴力を受け、お前に全ての装備を奪われ解雇されたと。
よって、自分達は契約には違反しておらず、罰を受ける謂れはないそうだ」
「……そうですか」
「言いたい事はないのか? 恐らく事実ではないのだろう。
ルイーダがお前のことを庇っていたのだから。
何より、お前がそのような事をするとは到底思えない」
「特に言いたい事はありません」
「……そうか、では彼らには追って沙汰を下すことにしよう。
今日は家に帰ってゆっくり休むが良い。相当疲れが溜まっているようだ。
勇者アレルよ、また会おう」
玉座から静かに立ち上がり、踵を返して退出していく国王。
控えていた大臣、近衛兵達も王の後に続く。
それを見届けた後、私はゆっくりと立ち上がる。
もうここには誰もいない。
――今日はもう帰ろう。
「ただいま」
消え入りそうな声で、私は挨拶をする。
その姿を見て、母さんはとても辛そうな顔をする。
「お帰りなさい、わたしの可愛いアレル。
――今日はさぞ疲れたでしょう。もうお休み」
大体の事情は知っているのだろうか。
あの人たちが、城に戻る前に街で噂を広めていったらしい。
自分達は勇者に装備を奪われて追い出されたと。
ルイーダさんは全く信じていなかったが、街の人たちはそうでもないみたいだ。
私が勇者であることを鼻にかけていると思っているようだ。
「――待て、アレルや」
「……お爺ちゃん」
「お義父さま、どうかしたのですか?」
二階から、静かに、だがどこか怒ったような表情で下りて来る。
私をジッと見つめるその視線に、思わず目を逸らしてしまう。
「お前の父オルテガは立派な勇者だった。この爺の息子じゃ!」
「……うん、そうだね」
子供の頃から、何度も何度も聞かされた英雄譚。
私はその姿に憧れた。私もそうなりたいと思った。
その背中はまだまだ遠いけれど。
恐らく追いつく事は出来ないのだろう。
「それに比べお前と来たら、仲間に愛想を尽かされたくらいで
しょげているとは情けなくて涙が出るわい!!」
お爺ちゃんが、今まで見たことないくらい顔を真っ赤にして怒っている。
確かに、仲間に愛想を尽かされる勇者なんて情けない。涙が出そうだ。
「お義父さま! 言い過ぎです!!」
「お前は黙っていなさい。アレルや、まずその涙を止めなさい。
勇者が泣いて良いのは、魔王を倒し、世界を救ったその時だけじゃ。
それまではどんなに悲しくても泣いてはいかん」
先程までとは違い、いつもの優しい表情に戻るお爺ちゃん。
その言葉に従い、私は袖で涙を拭う。
「う、うん」
「良いか、お前の父オルテガも最初は仲間と共に旅をしていたのじゃ。
だが、途中から一人で旅をするようになった。
何故だか分かるか?」
「な、なんで?」
「オルテガのレベルに着いていけなくなったからじゃ。
仲間達はそれでも、一緒に連れてってくれと頼み込んだ。
だがオルテガはそれを断った。その気持ちだけで十分だとな」
在りし日の息子の姿を思い浮かべ、お爺ちゃんは誇らしげな笑みを浮かべる。
「良いかアレル、我が自慢の孫よ。
勇者たるもの、もっと自信と余裕を持たなければならん。
例え苦しくても、辛くても、泣きたくなったとしても豪快に笑い飛ばすのじゃ。
仲間がいなくなったからといってウジウジしているようでは、
魔王を討つ事など到底できん」
「で、でも私一人だけじゃ、無理だよ」
恐ろしい魔物達が、叫び声を上げながら、自分唯一人目掛けて襲い掛かってくるのだ。
一人で立ち向かうなんて、絶対に無理だ。
「どうしてもか?」
「う、うん」
お爺ちゃんは深い溜息を吐く。
「……そんなお前に、ある物を渡そうと思う。最後の手段と言う奴じゃな。
これだけは世に出したくはなかったのじゃが」
後ろに組んでいた手を前に出すお爺ちゃん。
そこには古びた装丁の本があった。どことなく怪しげな光を放っている。
「そ、それは?」
「これはな、かつてオルテガが、とある場所で入手した魔法の本じゃ。
恐ろしい効果を秘めているから、軽々に読んではならぬと言っておった。
……その効果というのはな、『せいかくがかわる』のじゃ」
「せ、性格が変わる? 本を読んだだけで?」
「そういう魔力を帯びているらしくてな。本を読むこと自体が儀式になってしまうそうな。
よって、今までこの爺が大事に大事に仕舞っておいたのじゃ。
誰かが読んでしまっては危険じゃからな」
階段下からゆっくりと近づいてくると、私の手へ本を渡してくる。
古びた表紙の感触がどこか心地よかった。
「……読むと、どんな性格になるの?」
「そうさな、傲岸不遜にして大胆不敵。どんなことがあろうと、へこたれることはない。
オルテガのように、自信と余裕を併せ持った『豪快』な性格になれること間違いなしじゃ。
この爺が言うのじゃから、本当の本当じゃて」
「す、すごい。こんな本があったなんて」
私は大事な宝物のように本をかかえる。
「ただし、一度変わってしまった性格は二度と元には戻らん。
読むときは、もうどうしようもない、本当に追い込まれた最後の最後にするんじゃ。
決して軽々しい気持ちで開いてはいかんぞ」
優しい顔で、諭すように頭を撫でてくるお爺ちゃん。
「う、うん。どうもありがとう。お爺ちゃん、本当にありがとう」
私は、本を強く強く抱きしめた。
「……レルさん、アレルさん! 聞いてますか!?」
マタリが耳元で大声で叫ぶ。
そんなデカい声を出さなくても十分に聞こえている。
「何、どうかした?」
「どうかした? じゃないですよ。ここがお望みの道具屋です。到着しましたよ!」
ガチャガチャと鎧の音をさせながら、そこそこに賑わっている店舗を指差す。
地下迷宮入り口へと向かう巨大な通りの一画にあり、看板には雑貨の絵が描いてある。
辺りを見回すと、武器屋、防具屋、魔道具屋?、エトセトラエトセトラ。
もう何があるやら良くわからないほどの賑わいである。
客層は冒険者が殆どであるらしく、呼び込みもあちこちで行われている。
とはいえ、今回の目当ては薬草と毒消し草である。
この巨大な都市ならば、幾つも競合店がありそうではあるが、
別に特別な品を買うわけではない。
不良品さえ掴まされなければどこだろうと構いはしない。
「あー、どうもありがとう。じゃちょっと買い物してくるから」
「私も道具を補充することにします。万が一があったら危険ですからね」
「分かった。それじゃあ後で」
ヒラヒラと手を振り、マタリに合図を送る。
それを見て訝しげな表情を浮かべる。
「? 一緒に買えばいいじゃないですか。もう生死を共にする仲間なんですから。
探索費用と報酬は冒険の後に計算しましょう。私ちゃんとメモっておきますから!」
そう言うと、私の肩を押して強引に中へと押し込んでいく。
戦士ギルドを最初から志望していただけあって、中々の腕力の持ち主だ。
「ちょ、ちょっと。そんなに押さないでよ! 逃げたりしないから!」
「良いですから。さ、入った入った!」
結局、私は薬草と毒消し草を数個、マタリは包帯やら良くわからない薬を買い込んだ。
私の手持ちは銅貨80枚ほどだったので、マタリが立て替えてくれた。
報酬については、マタリが多めにいきわたるようにしなければならないだろう。
仮初のパーティーとはいえ、そこはキッチリやらなければならない。
地下迷宮入り口を目指し更に先に進むと、
巨大なアーチ下で星印付きの僧衣を着た男が前に立ちはだかる。
手には戦斧を持ち、頭部は鉄製のヘルムを被っている。
体格もがっしりしており、いかにも戦闘タイプといった感じを受ける。
門番に相応しい実力を持っていると考えてよい筈だ。
「用件はなんだ。立ち入るならば『探索許可証』もしくは『仮許可証』を見せろ。
まぁ見る限りギルドに入ったばかりの新人にしか見えんがな」
「……やたらと横柄なのね」
ボソッと呟く私を、睨みつけてくる横柄な門番。
耳は良いらしい。
「何か言ったか?」
「別に」
「え、ええと。これで良いですか?」
マタリが素直に手の甲を差し出す。
私もそれに倣い大人しく差し出す。
両名の手の甲には、黒い星と剣の刻印がされている。
これが戦士ギルドのマークなのだそうだ。
『仮許可証』の間は、これを付け続けなければならないらしい。
刻印を外すのは簡単だそうなので、一安心。
刺青みたいに一生残るかと思ってしまった。
「二人とも戦士ギルドか。早いうちに魔術師か僧侶ギルドの連中を誘うんだな。
魔法がなければ、いずれ頭打ちになるだろう。
まぁなくても奥に進んでるイカれた連中はいることはいるが」
あれは例外中の例外だと首を振る門番。
マタリは真剣に聞き入っている。
「は、はい。助言ありがとうございます」
「なぁに、お前らが稼いでくれれば我らも潤うからな。
ポックリ死なれては勿体無い。命の無駄遣いだ。
頑張って稼いでくれ」
ヘルムの隙間から、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる教団兵。
「はいはい、分かったからとっとと中に入れてよ。
いつまで腕を差し出してれば良いわけ?」
「慌てるな。『仮許可証』の連中は、特別に『お布施』をする機会が与えられているんだ。
というわけで、迷宮に入りたいならば銅貨50を支払え。ちなみに毎回だ」
「な、何それ」
「当たり前だろう。三時間後に現世に連れ戻してやる奇跡をかけてやるんだ。
命の値段と考えたら安すぎるだろう。銀貨1枚でも良いぐらいだ。
嫌ならとっとと帰るんだな」
こ、この野郎!!
銅貨50も払ったら、残り30枚。今日一泊したら終わっちゃうじゃない。
「仕方ありません。アレルさん、素直に支払いましょう。
その分魔物を倒して稼げば良いじゃないですか」
「そこの『アート』の嬢ちゃんの言う通りだ。
しっかり稼げば何の問題もない。いずれ栄光を取り戻すことも叶うだろうよ。
おっと、これは失言だったかな」
教団兵は嘲笑うと、私達を小馬鹿にしたように見下す。
マタリは悔しげな表情を見せるが、何も言い返さなかった。
話していても腹が立つだけだと判断し、素直に銅貨50を差し出す。
マタリもそれに続く。
「……よろしい。お前達に『星の導き』がありますように」
教団兵が呪文を唱えると、手の甲の星が輝き始める。
特に何も感じないが、確かに光っている。別に痛かったり熱かったりはしない。
「これは?」
「結界の内部に入れるようになった証だ。
既に時間の経過は始まっているぞ。
時間と金を無駄にしたくなかったら急ぐんだな」
マタリは慌てたように背負った皮袋から懐中時計を取り出す。
アートの家紋が入っており、中々の逸品のようだ。
動力は魔力か? なんらかの力を感じる。
「よし、これで大丈夫です。さぁ、いよいよ中にはいりましょう!」
時間を確認すると、アーチをくぐり、中へと駆け込んでいく。
私もそれを追いかけていく。
結界らしき青白い幕を一気に突破する。
別にそこまで慌てる必要はどこにもないのだが。
途中、青い鎧を着た集団が、何かを翳すと一瞬で姿をかき消した。
それが何なのか気になりはしたが、とりあえずは置いておく。
「ちょっとマタリ! 待ちなさい!」
「あ、はい! ちょうど階段の所です!」
「まったく」
もしかして猪突猛進タイプなのだろうか。
装備はオーソドックスな剣と盾だから、慎重だと思っていたのだろうけど。
ちなみに私は、相変わらずの『ひのきのぼう』だ。
安くてそこそこ丈夫、そこらへんに落ちていそうなお手ごろ装備。
意味ありげな石造が見下ろす、かなりの大きさの階段を下る。
壁は石レンガの灰色が続く。所々に薄暗い灯りが点っており、視界が遮られることはない。
通路はそれなりに広がっており、余裕で馬車がすれ違うことができるだろう。
戦闘には不便はないが、当然相手も同条件だ。
天井から襲い掛かられる危険性もある。
まぁそんなことより、一番突っ込みたいのは。
「ねぇ、なんで床に矢印がペイントされてるの?
乗ると、勝手に移動するとか?」
床をドンと踏みつける。別に動いたりはしなかった。
踏みつけた床には黄色い矢印がしっかりと塗られている。
少し先を見渡すと、また矢印が記されていた。
「えーと、下り階段への道順みたいですよ。
ベテラン冒険者が時間短縮の為に、自主的に塗ったそうです。
この迷宮ガイドブックによると」
皮袋から、なにやら書物を取り出してペラペラめくっている。
「なによそれ」
「迷宮ガイドブック初級篇です。協会発行の正規品です。
金貨1枚もしたんですから」
怪しさ抜群の胡散臭い本。
「……なんか良い情報載ってるの?」
「えーと地下10階までの歩き方ですね。あと出現魔物の種類とか。
これさえあれば、『探索許可証』ゲット間違いなしって書いてあります。
でも小さく、何事にも例外というものはあります、って但し書きが」
少し呆れながらも、どれどれと本を覗く。
1階に出現するモンスター
・ネズミ 銅貨2枚
・ヘルキャット 銀貨1枚
※まれにネズミが大量発生することがあります。危険ですので逃げましょう。
自信があるならば、全部掃除していただけると助かります。
「1階はネズミと猫か。その本の情報が確かならね」
「金貨1枚もしたんだから、嘘じゃないと思いますよ。
それに協会発行ですし」
「まぁ大体分かったわ。とりあえず、ぶらついて魔物を狩りましょう。
時間も限られているしね」
「そうですね。それでは行きましょう!」
矢印通りに進んでいくと、ネズミが現われる。
こちらに向かい、威嚇のポーズを示している。
目が真っ赤に充血し、それなりに鋭いツメを持っているようだ。
特筆すべきはその体躯の大きさか。相当デカイ。
大ねずみと同じか、少し下ぐらいかだろう。
「こいつら結構でかいわね。数が揃うと結構面倒くさいかも」
棒を手で玩びながら、マタリへと声を掛ける。
「行きます!」
「――え?」
私が止める間もなく、ネズミに向かって突進するマタリ。
ネズミが奇声を発して飛び掛るが、盾で強引に払い落とす。
『ギョェ!』
「トドメ!」
腹を見せてバランスを崩したネズミに、マタリは勢いをつけて剣を振り下ろした。
『ギェェエエエエ!!』
串刺しのまま血飛沫を上げ、ネズミは断末魔の声を上げ、やがて動かなくなった。
「……お見事」
「ありがとうございます!」
剣を抜き、血を払い落とす。
鎧や顔には血飛沫がべっとり付いている。
マタリは全く気にした様子はない。
「アンタ、人の話最後まで聞かないタイプでしょ」
「? 良く分かりません」
「まぁいいわ」
マタリは首を傾げるが、良く分からなかったらしく。
始末したネズミの解体へと取りかかる。
無防備に剣を床へと置き、小型のナイフを取り出す。
そしてその太い尻尾を切り取ろうとする。
「うーん、中々切れませんね」
「思い切り引きちぎったら?」
「やってみます」
尻尾をピンと張り、鋸のように切り裂いていく。
ふと気配を感じ、私は天井を見上げる。
無防備な得物に飛び掛ろうと、5匹のでかいネズミが張り付いて隙を伺っていた。
開けた口から涎が垂れかかっている。
「マタリ。そのまま動かないでね」
「――え?」
「『メラ』!」
手から炎を繰り出すと、天井の一匹に適当に発射する。
『ギャギャアアアアアッ!!』
「――せーの!」
火達磨になりながら、落下してくるそれを、思い切り勢いをつけて棒で横薙ぎにする。
位置的には、マタリの丁度頭上で。
パシャっという飛沫を上げて、ネズミは完全に四散する。
跡形もなく、残ったのは黒こげた肉片と尻尾だけ。
その光景を見たネズミは、一目散に逃げようとする。
天井を伝って、中々の素早さだ。
「逃がさないわよ。『ギラ』!」
軽く意識を集中し、ネズミの先頭目掛けて火炎を放射する。
火は瞬く間にネズミたちに引火し、しばらくもがき苦しんだ後息絶えた。
ベギラマを使わなかったのは簡単だ。私が貧乏性なだけである。
出来る限り節約する癖がついている。回復もホイミではなく薬草だ。
それにしても、地下1階に相応しい雑魚である。
ただデカイだけで、攻撃手段は体当たりと、ツメぐらいか。
が、油断すると危ないかもしれない。
数は力だ。
「ふー、掃除完了っと」
汗を拭う仕草をとる。別に全然疲れていない。
「天井にいたなんて。全然気付きませんでした」
「油断しちゃ駄目よ。四方八方気を張っていないとね」
人差し指を上げて注意を促す。
私がいる間だけでも、矯正すべきところは指摘しておこう。
「そ、それに。アレルさん魔法使えたんですね。
そうならそうと言って下さいよ、もう」
「言ってなかったっけ」
「聞いてません!」
血まみれ姿で、プンスカ怒っている。
先程のネズミの血飛沫が、私とマタリを覆い尽くしてしまった。
まぁこの程度魔物とやり合うならいつものことである。
ひどいときは体液まみれなのだから。
臭いも慣れれば大丈夫。と自分に言い聞かせるのだ。
「後で詳しく教えて下さいね。
私も魔法を直接見るのは始めてなんです」
「魔術師やら僧侶ギルドがあるのに?」
「街では一般人の魔法使用は禁止ですから。
それに、魔法の才能がある子供は教団やら国の管理下に置かれてしまいます。
魔法の器があるか、ないかの二種類なんだそうですよ」
「ふーん。そこらへん、後で聞かせてね。
詳しく聞きたいけど、時間が勿体無いものね」
「勿論! というか、魔法が使えるのでしたら、
魔術師ギルドに行った方が良かったのでは?
せっかく才能があるのに勿体無いです」
「いいのいいの。私勇者だから。どこでもなんでも全然気にしないわ。
いつか勇者ギルドでも作るとしましょう。そして伝説の勇者でも育てましょうか」
「?」
良く分からないといった顔をするマタリ。
私は笑って誤魔化し、尻尾を集めましょうと促す。
始末した5匹のネズミの解体作業にとりかかる。
今度は油断することなく、しっかりと切り取った。
その後、更に奥へと進み、矢印の到達地点、2Fへの階段を見つけた時には、
ネズミの尻尾は50個まで増えていた。
ただし、私達の身体は真っ赤に染まっているが。
顔だけは布巾で綺麗に拭っている。
一応女だから。
マタリの鎧は耐魔コーティングとやらが掛かっているらしく、
血で腐食することはないらしい。
「私の服、どうしよう」
当然ながら、ただの『たびびとのふく』であり、特殊な効果などない。
「洗濯したら、お、落ちるでしょうか?」
「無理じゃないかな」
「……そうですよね」
「ま、いっか」
まぁ拾い物だから買い換えれば良い話ではある。
次は鎧でも買いたいものだ。お金が溜まれば。
――そういえば、このネズミの死骸って誰が片付けるんだろう。
やっぱりネズミ? それとも違う何か?
ふとそんな事を考えた。
・古びた本
とある老人が、行方不明になった息子を称えて書いた伝記本。
様々な脚色が加わっており、本来の息子の性格とは程遠い。
書いてから後悔したらしく、タンスの奥に長い間仕舞われていた。
魔力を帯びていた形跡は一切ない。
『ワシも旅に出てみたかったのう』
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
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