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勇者アレルの迷宮探索
第二十九話 勇者アレル
人間、魔物、数多の屍が積み重なっていく迷宮前広場。
至るところから黒煙が上がり、剣戟の音が木霊する。


「も、もう駄目だ! 撤退させてくれ!!」

「周りは完全に囲まれてるんだ!!
観念してここで最後まで戦え!!」

「い、いやだ――ギャアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

「畜生ッ! あの竜をなんとかしてくれ!
空じゃ手が出せねぇ!!」

「糞がッ!! 死にやがれ化け物が!」

「グギャアアアアアアアアア!!」

怒声、悲鳴、断末魔。声が上がる度に命が刈り取られていく。



赤い竜は上空を旋回しながら、街に向かって火炎弾を容赦なく放っていく。

善戦している人間の戦士達を、魔物諸共焼き尽くす。
火達磨になった哀れな獲物達は、絶叫しながら踊り狂い、
後続の魔物の餌食となる。

竜の餌食となるのは戦士達だけではない。
冒険者達で賑わいを見せていた大通りは炎上し、
逃げ遅れた人々がその身を焼かれていく。



マタリは、周囲を殺気立つ魔物に包囲されていた。
味方は総崩れ。陣形は完全に崩壊し、連携は寸断された。
孤立した味方が各個撃破されている今、もはや敗北は避けられないだろう。
今出来ることは、態勢を立て直す時間を稼ぐことぐらいである。

マタリは精神を極限まで研ぎ澄まし、大剣を振りかぶった。


「ハァアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

息を吐かせぬ連続攻撃。
太刀筋が残像を残しながら魔物を容易く切り裂いていく。
前後左右、巨大な大剣を易々と振るいながら、笑みを浮かべながら突き進む。
奥義五月雨斬り。マタリはこの窮地で会得することに成功した。
まるでナイフを振るうかの如く、紅い刀身は獲物の首を刈り取っていった。
積み重なる魔物の死体。
マタリの身体は返り血で赤く染まりきっていた。


「キシャアアアッ!!」

怒り狂った赤いトロルが、突進してくる。
膨れ上がった脂肪に大剣を突き入れると、トロルは悲鳴を上げる。
そのまま刀身を掴むと、その身を犠牲にマタリに全体重を掛けて押しかかってきた。
地面へと押し倒されるマタリ。
力を籠めて、トロルの内臓を抉る。

「――ッ! この!」

「グ、グゲ。クケケケケケケケ!!」

トロルは嗤いながら死んだ。
マタリは死体をどかそうともがくが、余りにも重い。
周囲からじりじりと、迫ってくる魔物の群。
棍棒、槍、手斧を嬉しそうに打ち鳴らしながら。

渾身の力で死体を横に薙ぎ払い、ようやく拘束から逃れることが出来た。
乱れる呼吸を隠すことが出来ない。目が霞む。足が震える。
剣が、重い。

「ハァッ、ハァッ、ま、まだ、まだいける!」

今までの疲労が、一気に押し寄せてきたのだ。
気分を高揚させて、体力消耗を誤魔化してきたツケが回っただけのこと。
それでも自分は最後まで戦いぬかなければならない。
一匹でも多くの魔物を道連れにする。
剣を握り締め、再び構えを取る。

周りを見ると、魔物達が慌てて後退し距離を取り始める。
襲い掛かってくると思っていたマタリは拍子抜けする。
が、凄まじい殺気を感じて後方を振り返る。

正しくは、後方の上空だ。


赤い竜が、口に業火を迸らせている。
その視線はマタリを完全に捉えている。
巨大な翼を広げ、灼熱の凶弾が今まさに放たれようとしているのだ。
回避することは不可能だろう。

「…………ここまでか。ごめんなさい、アレルさん。
やっぱり、私だけじゃ、無理だったみたいです」

大剣を地面に突き刺し、膝を付く。
大きく息を吐き、マタリは静かに目を閉じた。











激戦地へと急行するラーミア。
アレルの目に、巨大なドラゴンの姿が映し出される。
赤い皮膚をした竜。スカイドラゴンのように細長いタイプではない。
スカルドラゴンに肉をつけたような感じである。
胴体が巨大で、飛ぶのに苦労しそうな体型。
アレルはラーミアに告げる。

「まずはあの赤い竜を落とす。
後方から一撃で仕留めるわよ」

ラーミアはその声に応えるように旋回し、大きく回り込むように飛び始める。
アレルは稲妻の剣、雷神の剣を強く握り締め力を溜め始める。

アレルは精神力が残り少ないことを自覚している。
体力も大して残っていないだろう。
だが出し惜しみしていても仕方ないと決断し、
詠唱を開始する。赤い奴は、外からの魔法は効果がない。

竜は雄叫びを上げると、態勢を変えて地上へと向き直る。
後方から近づくアレル達には全く気付いていない。

「――いくわよ」

ラーミアから赤い竜目掛けて飛び移るアレル。
その勢いで2本の剣を背中に深く突き入れる。


「――グアアアアアアアアアアアアアア!!!」

激痛から暴れまわるが、アレルは放されないように力を籠める。
何度も突き刺して、竜の身体に傷をつけていく。
返り血がアレルの顔を染めていく。

「よいしょっと!」

「ゲアッ!! グギャアアアアアアアアアア!!!」

竜は口に溜めていた炎を上空へ狂ったように放ち始める。

「墜ちなさいッ! 極大電撃呪文・一閃ギガスラッシュ!!」

剣を通じて、竜の体内へと詠唱したギガデインを解き放つ。
さらに稲妻、雷神の剣の力を発生させながら背を骨ごと断ち切っていく。
身体から閃光が迸り、竜の口から夥しい血液が吐き出される。

狂ったようにもがきながら落下を始めるアークドラゴン。
アレルは移動していたラーミアにそのまま飛び降りる。

ラーミアは墜ちるドラゴン目掛けて急降下を始める。
2刀を右肩に構えてタイミングを計る。
きりもみ状態で墜ちていくドラゴンに、ラーミアは横から交差する。
すれちがい様に一閃させると、ドラゴンの首を叩き斬った。

主を失った胴体は、そのまま広場に落下していき、
多くの魔物を押しつぶす。
首は迷宮入り口の横に落下し、まるで趣味の悪いオブジェのように鎮座した。



「やれやれ、寝起きには辛いわ。
最初はスライム程度にして欲しいわよね。
アンタもそう思わない?」

息を荒げながら、アレルはラーミアの背にもたれ掛かる。
霞が掛かった視界から、地上を見下ろすと嫌になるほどの魔物が展開している。
大きく溜息を吐くと、さてどうしたものかと考えを巡らす。
一匹一匹片付けていくほどの時間と体力はない。
かといって時間を掛ければ街は完全に飲み込まれるだろう。

空を見上げる。
眩しいばかりの太陽が輝いている。

(これならいけるかな。地上なら、詠唱して溜めれば)

残り少ない精神力を掻き集め、再び集中する。
ラーミアが鳴き声を上げて警告を発してくるが、アレルは無視する。
範囲は迷宮前広場一帯。円を描く様にイメージする。
赤い奴には効果が及ばないだろうが、それでも形勢は変わるはずだ。
剣を十字に交差させ、祈りを籠める。
誰に対して祈っているのか。アレルにも良く分からないが、心から念じる。

「――破邪呪文トヘロス!!」








いつまで経っても身体が炎に包まれることはなかった。
マタリは恐る恐る目を開けてみる。
目の前には、驚愕の形相を浮かべている竜の首があった。

「え? え? ええっ!?」

「ぼさっとしてるとぶん殴るわよ。
ほら、さっさと腕を動かしなさい、この猪娘!!」

呆れ気味に叱り付けてくる聞きなれた声。
マタリは目蓋をこすって、思わず凝視する。

青い水晶の額当て。白銀に輝く荘厳な鎧。
名のある物に違いない、見事な二振りの剣。
勇者アレルの姿がそこにはあった。

天道虫のブローチがくっついたマントを翻し、
赤い魔物を瞬く間に屠っていく。
何故か動きが遅くなっている魔物達を、
剣から迸る爆炎と業火で一網打尽にする。
アレルを中心に、魔物達は瞬く間に命を散らしていくのだ。

「あ、あ、アレルさん!! もう大丈夫なんですか!?」

「当たり前でしょ。ちょっと寝てただけよ。
ほら、そっちはアンタに任せたわよ」

その声に正面を振り返る。
身体を重そうにしながら、剣を翳そうとするオークがいた。
マタリは容赦なく頭部を叩き割る。

「ド、ドラゴンもアレルさんがやったんですか?」

「寝起きにはしんどかったけどね。
後でドラゴンステーキでも食べましょう。
意外に美味しいかもしれないわよ」

笑みを浮かべると、回し蹴りを放ってネズミを粉砕する。
槍を突き入れてくる赤いリビングアーマーを、
余裕のカウンターで鉄屑に変えた。

「な、なんだか、魔物の動きが悪いような」

先程とは違い、余りにも鈍重な魔物の動き。
マタリは剣を突き入れながら、疑問の声を上げる。

「少しインチキしたからね。
ぶっ殺すのは今のうちよ。後ろの奴等はこないの?」

アレルが指差した方には、呆気に取られた味方の戦士達がいる。
何が起こっているのか理解できないようだ。
ドラゴンを討ち取り、魔物をまるで羽虫のように蹂躙していく少女。
態勢を立て直す絶好のタイミングだというのに、言葉を失い立ち尽くしてしまう。



「へ、へへっ。ようやく勇者様のお出ましか。
全く、遅すぎるってんだ。
――野郎共、押し返す最大の好機だ!!
レンジャーギルドの名前を汚すんじゃねぇぞ!!」

「おう!!」「勝負はこれからだ!!」「頭、いきましょう!!」

「その意気だ!! 糞ったれ共を押し返してやれ!!
手当たり次第にぶっ殺せ!! おらああああああああああ!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

カンダタが部下を一喝し、気合を注入する。
周りの魔物は完全に弱体化し、赤い魔物のみに注意を払えば良い。
外と内からの挟み撃ち。しかも最強の人間が暴れまわるのだ。
大魔王を討ち取った伝説の勇者。

「あ、あれが勇者なのかい?
巨大なドラゴンを簡単に……」

「当たり前だ。たった一人で大魔王をぶっ殺して世界を救った女だぞ。
あんなドラゴン朝飯前だ」

「アンタ、あの娘のこと知ってるの?」

「へっ、昔の事は忘れたぜ。
とにかく、今はこいつらを押し返すのが先だ。
おらおら、カンダタ様のお通りだ!!」

大斧を手に、カンダタは巨体を揺らして突撃する。
腰の手斧を抜き放ち、アークデーモンの額に突き立てる。

レンジャー部隊が態勢を整え、突撃を敢行。
それに続くように、孤立していた部隊も反撃を開始した。
犠牲を出しながらも包囲を再構築していく。

戦況の変化を見届けたエレナは、
正門に配置してある最後の守りを投入することを決断。
星銃、全教団兵を投入、劣勢の巻き返しを図る。
情勢は一気に人間側に傾いた。



「ど、どうなっているのだ。
イ、イルガチェフ様からお預かりしたアークドラゴンが。
こ、この失態、一体どうすれば良いのだ」

緑の衣を纏った、イルガチェフ子飼いの教徒コスタは狼狽しきっていた。
ドラゴンが何者かによって首を落とされた後、眩い光が広場を埋め尽くしたのだ。
進軍していた魔物達は動きが止まり、全滅寸前だった守備隊達に反撃される始末。
強化した赤き軍団は影響は受けていないが、
それだけを狙い撃つように、先程から2刀を操る小娘に殺戮されている。
繰り出される反撃を、まるで歯牙にもかけないかのように、容易く屠られていく。
その速度は凄まじく、瞬く間に一掃されていくのだ。
化け物。その言葉以外に当てはまるものがない。

「ち、地下からの増援が止まっているのは、何故だ!!
どうして出てこない!!」

迷宮入り口に当たる階段へと目を向けると、
巨大な怪鳥が、鋭い目つきで睨みを利かせている。
時折その嘴から煉獄の炎を繰り出すと、地下から低い悲鳴が響き渡る。


「――そ、そんな。こんな馬鹿な」

「馬鹿はアンタでしょ。
戦闘中に他所見するなんて、随分余裕だったみたいね」

「だ、誰だッ!?」

振り向こうとした瞬間、腹部から剣先が突き出てくる。
口から血が溢れ、緑の衣を汚していく。
呪詛を呟く間もなく、返す刀で首を斬り飛ばされ、コスタは絶命した。











「ハアッ、ハアッ! だ、大分片付いたみたいね。
……ちょっとだけ休憩するわ」

アレルはその場に崩れ落ちると、肩で息をする。
顔は病的なまでに青白く、血が通っていないかのようだ。

「アレルさん! 大丈夫ですか!?」

「私の事は良いから、入り口を制圧しなさい。
アイツもいつまでも抑えてはいられないわ」

ラーミアの炎を迸らせる間隔が短くなっている。
地下からの敵が数を増している証拠だ。
このままでは再び突破されてしまうだろう。

「――で、でも」

「うるさい。良いから行け。それがアンタの仕事でしょうが」

駆け寄るマタリを押しのける。
その力が余りに弱弱しかったので、マタリは驚く。
顔色を窺うと、血の気がなく、身体も震えている。
息は乱れ、剣を支えにしてようやく態勢を維持しているかのようだ。

「わ、私は――」

「行きなさいマタリ。私の事は良いから。
さぁ、早くしなさい!! 振り返るな!」

マタリはゆっくりと立ち上がると、怪鳥の方へと向かいだす。
一度だけ振り返ると、大剣を翳して走り出していった。


アレルはその背に向かって、バイバイと小さく呟いた。


ゆっくりと辺りを見渡す。
指揮していた人間は討ち取り、広場の魔物は大分数を減らすことに成功した。
人間達は再び囲いを築き、徐々に距離を狭めて、魔物を殲滅していく。
その中から、見覚えのある大男が部下を引き連れてアレルの元へ駆けつける。


「アレル、今回も助かったぜ。流石は勇者様だ――って、大丈夫か!?」

「声が大きいのよ。脳に響くから静かに喋りなさい」

「す、すまねぇ。でも、お前、顔が真っ青だぞ!!」

「ちょっと張り切りすぎたわ。
……私は良いから、入り口を」

カンダタは合図を送り、入り口へと増援を向かわせる。
ジャスミンが駆けつけ、アレルの様子を伺う。

「大丈夫かい、アンタ! 今治療を――」

「慣れてるから、大丈夫よ。
怪我はないしね。勇者だから、大丈夫なのよ」

「勇者だって、人間じゃないか。
そんな無茶が続くわけが――」

ジャスミンはアレルの身体に触れる。
余りの冷たさに、思わず絶句した。
まるで、死体に触れているかのようだからだ。

「人間の前に、勇者なのよ。
知らなかった?」

アレルは立ち上がる。
もう精神力は空っぽ。ホイミすら使えないだろう。
袋から薬草を取り出すと、貪りつく。
身体が受け付けず、嘔吐する。

「オエッ! ゲホッ!!」

「少し休んだ方が良い。
ほら、エレナが増援を率いてきたよ。
アンタは、体力を回復させることが大事だよ。
『勇者』の役目はもう十分に果たしたじゃないか」

ジャスミンは説得する。
このまま行かせては、この少女は死ぬ。
死に場所を求めている。
そんな予感がしたからだ。

教祖エレナは本隊を投入し、負傷者を回収していく。
防護柵を構築し、ラーミアが防いでいる階段周囲を簡易結界で覆っていく。

死霊術師エーデルは、教祖エレナ、ギルドマスターのエメラルドの許しを得て
魔物の死体、人間の死体の操作を始める。
教祖であるエレナは死霊術などという外法を認めてはいない。
だが、この状況下でそのようなことは言っていられなかった。
星銃の効果により、数倍に強化された死霊術。
力尽きた死体が立ち上がり、迷宮へと突撃を開始する。
死人の軍団が地下から這い出る魔物とぶつかり、死闘を繰り広げ始めた。




「……貴方が、勇者アレル、ですか?」

赤き衣を纏ったエレナが、憔悴しているアレルに声を掛ける。
ドラゴンを屠り、たった一人で戦況を覆した人物だ。
最早仮の勇者などと言う事は出来ない。
間違いなく、勇者である。

「アンタ誰?」

「私は教祖エレナ。エレナ・アーク。
この街の代表にして、スリースター教団の指導者です」

真面目そうな少女の顔を眺めた後、
纏っている赤い衣を凝視する。
見覚えのある真紅のローブ。
アレルの脳裏に、一人のイカれた魔術師の姿が浮かぶ。

(……アークマージ?)


この世界に自分を落とした元凶。
名前にアークが入っているからといって、
つながりがあるとは思えない。
が、考えとは別に、手が勝手に動いた。

「――ていっ」

「い、痛ッ! な、何をするんですか!?」

アレルの拳骨がエレナの頭部にヒットする。
いきなりの非礼な行為に、エレナは思わず叫んでしまった。


「迷惑料よ。それより、敵のボスはどこにいるの?
まさか迷宮の下とか?」

いきり立つ警護兵を手で遮りながら、
エレナはその問いに答える。
もう片方の手で、頭を擦りつつ。

「……敵の首領は異端イルガチェフ。
教団の大司教だった男です。
戦いの最中、囲いを突破し教団本部『星塔』へと向かい占拠したようです。
これから私が別働隊を率い、討ち果たしに向かいます」

「そいつを倒せば、この魔物達も退くわけ?」

「この異変は魔素を大量に注ぎ込んだ『闇の衣』の効果によるものです。
それを打ち払えば、魔物達の洗脳効果は消え、彼等は退散していくでしょう。
ですから――」

「なんだ。そんなことで良いんだ。
それを早く言いなさいよ」

よっこいしょ、と立ち上がると口笛を吹き鳴らす。
迷宮入り口からラーミアが飛び立ち、アレルの元へやってくる。

「後は私達がやります。その身体では無理です。
立っているのさえやっとではないですか」

「闇の衣が本物なら、アンタ達の手には負えない。
乗りかかった船よ。最期まで面倒見てあげるわ」

剣を携えると、ラーミアの背に飛び乗る。
落ちようとする意識を堪え、眼をしっかりと開ける。
きっと、落ちたらもう帰ってはこれないだろう。
何の確証もないが、そんな気がしている。
蝋燭は、もう残り僅か。


「ラーミア、星塔に向かって頂戴。
それで、私を降ろしたら、好きにして良いわ。
今まで、ありがとう」

背中を軽く撫でると、ラーミアは翼を更にはためかせて速度を上げる。
目指すは星塔最上階。

「馬鹿となんとかは高いところが好きなのよ。
だから、きっと一番上にいるわ。勇者の勘よ」

余計な雑魚と戦って消耗する時間はない。
一撃で殺す。問答無用で殺す。
袋から薬草を取り出し、吐き気を堪えながら無理やり飲み干す。




「アレルさん」

「……アレル」

マタリとエーデルは、飛び去っていく不死鳥の姿を見届けた。













最上階に存在する星柩の間。
歴代の赤き衣が、大魔王ゾーマ復活の為に祈りを捧げた場所でもある。
魔方陣が何箇所にも描かれ、魔力を増幅する効果を発揮している。

「――何故だ。何故このような事態になった!?
我が闇の衣は、全てを凌駕する『力』をもたらす筈だ!」


イルガチェフは怒声を上げる。
緑の衣を纏い、その周囲には黒いオーラが漂っている。
『闇の衣』を展開し、魔物の操作を行っている証である。


「……落ち着くのだ。現に星塔は占拠している。
ここで持ちこたえれば、いずれは地下から再び波が押し寄せる。
魔物を一匹ずつ召喚し、防備を固めるのだ」

星塔内部に、最下層に存在する魔物達を配備する。
いずれも凶悪な魔物達だ。

杖を翳し、再び魔物を召喚する。
最下層より、更に進んだ場所に存在する失われた存在。
緑の皮膚を持つトロル。
魔法耐性はないが、凶悪な膂力を誇るトロル族のボスである。
太刀打ちできる人間などいる訳がない。
魔法を詠唱している間に、この巨大な拳が顔面を叩き潰すのだから。

「行け、ボストロールよ。
決してここ『星柩の間』に敵を立ち入らせるな!」

命に従い、巨体を揺らして星柩の間から出て行く。
落ち着きを取り戻したイルガチェフは、瞑想する。
切り札であったドラゴンを失ったのは痛い。
一体どうやって落としたのか。

レケンの言葉が脳裏を過ぎる。
勇者を名乗る小娘。

(そんな馬鹿な。勇者などいる訳がないッ!)


――その瞬間。
最上階に断末魔の叫びが響く。

小さな足音が近づき、やがて止まる。
堅牢な扉が蹴り飛ばされる。
そこから現れたのは、青白い顔をした少女。
輝かしい鎧を身につけ、不敵に笑っている。


「アンタにプレゼントがあるの。
懐かしい奴に会わせてくれて、ありがとう」

そういうと、何かをこちらに投げつけてくる。
それは首。緑の皮膚の醜い顔。
苦悶を浮かべ、長い舌を出しながら絶命している。

「……貴様、何者だ?」

「勇者。勇者アレル」

「勇者だと、馬鹿馬鹿しい。
……馬鹿馬鹿しいぞ、小娘めが!!
ロストスペル、メラゾーマ!!」

杖から上級火炎呪文を迸らせる。
アレルは雷神の剣を軽く振り、業火をぶつけることで相殺する。
炎はボストロールの首に引火し、徐々に焼け爛れていく。

「ロストスペル、マヒャド!!」

氷の礫に対しては、稲妻の剣で爆砕することで打ち破る。

「……最期の戦いが、身の程を弁えないエビルマージ。
ふふっ、冴えない敵ね。
やっぱり、ゾーマと相果てるべきだったかな」

「ふざけるな!! ロストスペル――」

「――うるさい」

アレルは稲妻の剣を投擲し、イルガチェフの右腕を斬り飛ばす。
杖から光が放たれたまま、部屋の隅へと転がっていく。

「い、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
わ、私の腕がッ!! や、闇の衣を切り裂くとはッ!!」

「『闇の衣』? そんな物に頼って強くなったつもりだったの?
地獄で大魔王に教えを受けると良いわよ。
時間は腐るほどあるだろうから」

「ロ、ロストスペル、ベホマ!!」

イルガチェフの傷口が塞がっていく。
痛みが脳を焼く。呼吸が荒くなる。
血は止まり、傷口は塞がっても痛いものは痛い。

アレルは剣を杖代わりにして、倒れないよう踏ん張っている。
糸は切れる寸前。もう猶予はない。


「焼け付くような痛みが堪えられるかしら。
アンタみたいな小物に」

「くっ、ロストスペル、バイキルト!!
貴様は我が手で直接葬ってくれるわ!!」

闇の衣を左手に集中させ、刃を形成する。
黒き刃を振りかざし、エビルマージが襲い掛かってくる。

「死ねいッ!!」

「――ハァッ、ハアッ!
あああああああああああああああああッッ!!」

刃がアレルの胴を凪ぐ寸前に、
右脚がイルガチェフを蹴り飛ばす。
左腹部を強打され、身体は壁面へと打ち付けられる。

「や、闇の衣は。私の闇の衣はこんなことではッ!」

「雑魚が何を纏ったところで、所詮は雑魚。
しかも闇に取り憑かれて、己を見失ってる始末。
いつからそうなったのかは知らないけど。
アンタ、本当に救えないわね」

「だ、黙れ! 私は教祖なのだ。教祖イルガチェフなのだ。
世界を支配するべき偉大な人間なのだ!!
こ、こんなところで死んでたまるか!!」

血を吐きながら、魔力を解き放ち魔物を召喚する。
現れたのは自らを犠牲に大威力の魔法を放つ『爆弾岩』。
10体程呼び寄せ、盾にしながら移動を始める。

「……また、エラく懐かしいのが出てきたわね」

「動くな! 私を攻撃したら、こいつを爆発させる!!
貴様も助からんぞ!!」

「あっそ」

アレルの視界が完全に遮断される。
もう何も見えない。
次の攻撃が最後になるだろう。
時間を掛けてしまったが、狙いを外すことは許されない。

「私は、再び迷宮に身を隠す。
いずれ、また、必ず戻ってくる。
その時こそ、貴様を殺してやるッ!!」

「――何を言ってるの。
アンタのような屑、見逃す訳がないでしょう?」

アレルは雷神の剣を正面に翳し、気配のする方へと駆け始めた。

「しょ、正気か!? 私は本気だぞッ!!
止まれ! 爆発させるぞ!!」

「御託は良いから、さっさと起爆したら?
ほら、さっさとやりなさいよ!!」

「くっ、この狂人が!」

イルガチェフは起爆の詠唱を開始する。
だが、最後の呪文を唱えることに躊躇してしまった。

「――死ね!!」


アレルの突き出した剣が、イルガチェフの心臓部を捉える。
イルガチェフは、最後まで爆弾岩を起爆させることが出来なかった。
彼は死にたくなかったのだ。
自らの死を選ぶボタン。彼に押すことは出来なかった。

「…………し、死にたくない。わ、私はま、まだ。まだ――」

口をパクパクとさせているイルガチェフ。
もうすぐ死ぬ。致命傷だ。
感触から臓器を貫いたのを感じ取り、アレルは勝負が付いたことを悟る。

「…………終わり、か」


アレルが剣を抜こうとするが、引き抜けない。
イルガチェフの遺体を闇が覆い、貫いたままのアレルの剣へと侵食している。

視力を失ったアレルは、それに気付くことができない。
闇が展開する。

「ぬ、抜けない」

『中々に面白い見世物であった』

しゃがれた声が響く。
聞き覚えのあるその声。
アレルの背筋に緊張が走る。
この状態では、勝ち目がない。

「――ッ!?」

『慌てるな勇者アレルよ。もう戦いは終わっている。
我も復活することは叶わぬ。
だが、闇は死なぬ。光あるところ、闇もまたあるのだ。
それが世界の真理にして違えることのできない定め』

「…………」

『我は再び闇に還るとしよう。
だが、その前にこの者に褒美を与えねばならん。
我を楽しませてくれたのだからな。
……そして、お前にもな』

「……性格が悪いのは、相変わらずね。
私が勝った後にそういうことするの、本当悪い癖よ」

『――ククク、それは悪いことをした。
次の機会には、直すとしよう。
では、さらばだ勇者アレル』


『闇の衣』の中から、干からびた手が伸ばされる。
爆弾岩がアレルとイルガチェフの死体を取り囲む。


「終わりかな」

アレルは疲れきった表情で座り込み、剣を放り投げる。
もうアストロンやリレミトを使う事も叶わない。
精神力はゼロ。もう何もない。
暗闇の中、アレルは軽く微笑んだ。


「これで、ようやく、終わり――」


アレルの目から、光が消えた。














迷宮入り口では、未だ死闘が繰り広げられていた。
エーデルの死の軍団は威力を発揮していたが、未だ制圧は出来ないでいた。
兵士達も疲労を覚え、広場一帯でぐったりと倒れこむ者が多数。
死体が散乱している状況では、誰が生きているのか判断に苦しむところだ。

「マタリちゃん。貴方、一旦下がりなさい。
もう限界はとうに超えてるじゃないの」

水分を補給に来たマタリに、目を細めて警告するエーデル。

「い、いえ、それは出来ません!
私が退いては、前線が」

「その有様じゃ、次こそ死ぬわよ。
体力を回復させてから復帰しなさい。
良いから、さっさと下がりなさい!!」

そう言うと、再び杖を翳し呪文を詠唱し続けるエーデル。
その横には星銃が設置されており、魔術師達が延々と魔力を充填し続けている。
入り口目掛けて死体が行進を続け、それを盾にするように戦士達が繰り出していく。
当然ながら先程まで戦っていた仲間を使役されて、良い顔をする訳がない。
誰もが忌々しげにエーデルを睨み付けていく。
それでもエーデルはひたすらに詠唱を続けた。

マタリはそれを見ながら、後退すべきか考える。
アレルが戦っている今、自分だけ退くなど出来る訳がない。
そう判断し、戻ろうとしたその瞬間。



大地を揺るがし、空気を振るわせる凄まじい爆発音が轟き渡る。
思わず耳を塞いでしまったマタリ。
未だにキーンという音がしている。

後ろを振り返ると、エレナと教団幹部たちが呆然と立ち尽くしている。
『星塔』の方向を眺めながら。

「――せ、星塔が」

「ほ、崩壊した」

「わ、我等の聖地が」


星塔があった場所は夥しい量の土煙を上げている。
完全に倒壊した訳ではないが、上層は完全に消失している。
消し飛んだという表現が相応しい。



「ま、魔物が退いて行くぞ!!」

迷宮入り口から、歓喜の声が上がる。

「や、やった! 魔物どもを追い返したぞ!!」

「退いていく、確かに退いていく!! 勝ったんだ!!
俺達は勝ったんだ!! ざまぁみろ糞ったれが!!」

「――た、助かった。お、俺は生き残った。か、神様」

「野郎共!! 勝ち鬨を上げろ!!
死んでいった奴等にも聞こえるように、でっかい声でな!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


歓声があがり、それは広場へと伝染し、喜びは広がっていく。

「直ちに星塔へ向かいます。イルガチェフの生死を確認する!」

「はっ!」

エレナと数名が駆けはじめる。
アレルが見事に討ち取ったのは間違いないだろう。
だが、それを確認する必要がある。

エレナ達の後を追い、マタリも星塔へと駆け出す。
出来うる限りの速さで。
心臓の鼓動が早くなる。嫌な予感がする。
そんな筈はないと、信じている。
思い過ごしだと、強く言い聞かせて。
マタリは走る。







いまだ倒壊を続けている星塔。
下層はなんとか堪えているが、もう本来の働きを為すことはないだろう。
いつ崩れ落ちても不思議ではない。

そしてその入り口。
崩れ落ちた大量の瓦礫の上に、輝きを放つ何かがある。
まるで何かを指し示しているかのように。
エレナとマタリ達はその場に警戒しながら近寄っていく。



そこには、持ち主を失った二振りの剣が突き刺さっていた。

「…………」

マタリは無言で瓦礫をどかし始める。
アレルの身に何が起こったのか。
嫌な想像が脳裏によぎる。
エレナや教団幹部も手伝い、捜索を始める。
後続の教団兵も加わり、大規模な物となる。


やがて、マタリは一つのものを発見する。
アレルが常に身に着けていたお気に入りの額当て。
マタリは血塗れのそれを、震える手で抱きしめる。


「――そんなの嫌。私は嫌だ」

「……それは、勇者アレルの」

エレナが額当てを確認する。
勇者は伝承通りに、魔を滅ぼしたのだ。
己の身を犠牲にして。

「こんなの嘘ですよ。
ア、アレルさんが、死ぬ訳がないんです。
だって、勇者なんですから。だ、だから私は」

割れた青水晶の額当てが、再び輝きを放つことはない。


「……勇者アレルに、星の導きがありますように」

エレナは目を瞑り、祈りを捧げる。
傷だらけの教団兵達が、抜刀し最上級の敬意を示す。






「い、嫌アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!」





マタリの叫びが、静寂の中に木霊した。


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