勇者アレルの迷宮探索
第二話 勇者と悪夢、後二日酔い
「……ど、どういうこと?」
突然告げられた言葉に動揺を隠すことができず、思わず声が震えてしまう。
「今申し上げた通りです。俺達はもう貴方についていく事が出来ない」
「申し訳ありません勇者様。ですが、貴方のレベルに我々は追いついていけない。
我々は普通の人間なのですから。……貴方とは、違うのです」
「私達は私達なりに、この世界の為に尽くすつもりです。道は違いますが、
たどり着く場所は同じです。ですから……」
「――そ、そんな。今まで一緒に頑張ってきたのに。
私もっと頑張るから、だから!」
どんな辛い敵、険しいダンジョンでも、皆がいたから戦ってこれた。
一人では無理だ。旅は続けられない。私だけではとても無理だ。
「……もう限界なんですよ。これは俺達三人で話し合って決めたことです。
以前から思っていましたが、今日確信しました」
「客観的に見ても、我々は貴方の足を引っ張っている。
先日の戦いでも、貴方は常に我々を庇いつつ戦っていた。
残念ですが、最早我々は貴方の戦力にならないのです。
むしろ、助ける所か足を引っ張る始末。既に邪魔者でしかない」
「今まで買い与えていただいた装備は全てお返しします。
志半ばでこのような形になるのは、非常に心苦しいですが。
……それでは失礼します。もうお会いすることもないでしょう」
感情を押し殺したような声で、仲間の一人が私に告げる。
武器防具を置いて、皆出て行ってしまう。
私はそれを呼び止めようとするが、足が動かない。
早く引き止めないと、皆行ってしまうのに。
「――み、皆。待って。ね、ねぇ、お願い待って!!」
お願いだから、私を一人にしないで。
一人は寂しすぎる。これからも私が皆をカバーするから。
もっと頑張る。誰にも負けないくらいに頑張る。死んでも頑張るから。
だから。だから。
「一人にしないで! 私は、私はッ!」
少し離れた場所で、三人が足を止めて私を振り返る。
私の願いが伝わったのだろうか。
希望を籠めて、三人の顔を見つめる。
その内の誰かが、怯えたような顔つきで呟く。
『……化け物』
「……またあの夢か。胸糞悪い。もう私は全然気にしてないっていうのに」
乱れた呼吸を落ち着かせ、大きく深呼吸をする。
隣のベッドには、マタリがすやすやと安らかに眠っている。
非常に気持ち良さそうであり、少しだけイラッとする。
「やれやれ、目が覚めちゃったわ。……気分転換に下の様子でも見てくるとするかな。
なんだか喉も渇いちゃったし」
誰にともなく独り言を呟く。
これは私の悪癖とでもいうのだろうか。
長く続いた一人旅において、いつからか分からないが身に付けてしまったものだ。
思ったことをすぐに口に出す。
薄暗く気持ち悪いぐらい静かな洞窟やら迷宮では、
とにかく話していないと気が触れそうになる。
というか、もしかしたら既に狂っているのかもしれないが。
まぁそれはそれで構わない。これからは私の好きなように生きるのだから。
下着姿から、たびびとのふくへと素早く着替え、一応ひのきのぼうを装備する。
そのうちに武器も新調するべきだろうか。
呪文で戦えば良いのだろうが、あまり派手にやりすぎるのもどうなのだろう。
かといって、いつまでもひのきのぼうというのはアレだ。格好悪い。
勇者たるもの、装備も一級品を目指すべきだ。格好良いから。
「そういえば、この世界の魔法ってまだ見たことないな。
マタリは剣が得物っぽいから、魔法は使えなさそうだし。
今度どこかで見てみたいなぁ」
腰ベルトに袋を縛りつけ、部屋を後にする。
なんで相部屋なのかは意味が分からないが、マタリが強く希望したので断りきれなかった。
何でも、『探索許可証』を手に入れるまでは絶対に実家に帰らないそうだ。
ならば、宿泊費を折半したほうが経済的であると主張した。
お金にあまり余裕がない私は、損する話ではないと判断し、素直に受け入れることにした。
盗まれて困るような物もないし、この娘の育ちからいけばそのような事はしないだろうから。
部屋を出て、階段を下りていくとワイワイと喧騒が聞こえてくる。
この酒場はほぼ一日営業しているらしく、
朝方のわずかな時間だけ仕込みの為に閉店するとのことだ。
実際は客はその間もグダグダしているらしく、実質上二十四時間営業といえるだろう。
なんともご苦労なことである。
酔っ払い達を尻目に、私はカウンター席につく。
酒場のマスターがこちらを向いて、怪訝そうな視線を送ってくる。
「いらっしゃい……と言いたいが、ここは子供の来る場所じゃない。
さっさと部屋に戻ってミルクでも飲んでな」
「私は子供じゃないし、ミルクは好きじゃない。
いいからとっとと酒を出しなさい」
トントンと指でテーブルを叩く。
酒場でミルクを飲んでどうするのか。
そういうのはマタリにお似合いである。
「やれやれ、最近の子供は大人の言うことを聞きやしない。
それにミルクを飲まないからそんなに小さいんだ。
まったくやれやれだ」
マスターは軽くため息を吐くと、適当に見繕った酒をこちらへ提供してくる。
私はそれをチビチビ飲んでいく。
胸に染み渡るこの味。うーん、堪らない。
「ねぇ、私この街に来てから日が浅いの。
もう一杯注文するから、ちょっと色々と教えてくれない?」
上目遣いにウインクする。チラリとこちらを見たマスターの顔がたちまち歪む。
「…………」
「おい」
「…………」
失礼な奴である。女神のウインクといわれたこの私の特技が。
魔物に使ったらおびえてすくみあがっていたけど。
私を何だと思っているのだ。
――とにかく情報収集は旅の基本である。
そして情報が集まる場所といえば酒場。これがセオリーだ。
『人の話を聞く』、『人の話を思い出す』。
これは忘れてはいけない。冒険者として当たり前のことである。
「ねぇったら」
「はぁ、子供の上に世間知らずと来たもんだ。全く世も末だ。
世界の破滅も近いのかね。
地下から魔王が這い出てくるって噂もいよいよ現実味を帯びてきたな。
こりゃ見の振り方を考える必要がありそうだ」
ブツブツと失礼なことを言っている。
客商売なのにとんでもない話である。
「うるさいわね。子供じゃないって言ってるでしょう」
「そうかそうか。まあ事情は分かった。一応お客様だからな。
俺の知っている事なら教えるとしようか。どうせこれから暇だしな」
周りを見回すマスター。
もはや客は出来上がっており、テーブルの酒を適当にあおっているだけだ。
料理の注文はこの先当分ないだろう。
「どうもありがとう。流石は大人ね」
「やかましい」
苦笑すると、空になったグラスに酒を注ぎ足すマスター。
これでアレがあれば最高なんだけどな。
明日にでも道具屋にいって買い込むとしよう。
冒険の必需品だしね。
なんのことはない。ただの薬草なのだが。
体に良いことは間違いない。
酒のツマミに貪る女は私ぐらいのものだろうが。
「それで結局、なんで皆この街の地下迷宮に挑むの?
なんか美味しい話があるんでしょ? だって危険そうだし」
率直に聞く。実は良くわかっていなかったから。
通りすがりに小耳に挟み、噂の地下迷宮に行ってみようと思っただけの話。
それでなんたら協会に申請に行ってみたら、大行列を作っているではないか。
人が大勢いるということは、そこには惹きつける何かがあるということだ。
楽して生きるためには、美味しい話にどんどん乗っていかなければならない。
マスターは心底呆れたように話し出す。
「……お前そんなことも知らないで、この街にいるのか。
世間知らずも程ほどにしないと、本当に命を落とすことになるぞ」
「だからこうして情報を集めているんでしょ」
「そういうことは来る前に調べておけ。
来てから調べる馬鹿がどこの世界にいる」
ここにいる。けれど来たくて来たわけじゃない。
目的を果たして帰ろうとしたら、この世界に落とされたのだから。
これは不可抗力というやつだ。私のせいじゃない。
「急だったから仕方ないじゃない」
「――呆れて言葉も出ない。が、人それぞれだから構わないけどな」
「流石は大人」
グラスを磨く手を止め、本当に仕方がない奴だと愚痴った後、話し始める。
「早い話、教団から『星』を貰うためだな。
一つだけでも、十分遊んで暮らせる。二つ星なら笑いが止まらない生活が送れるだろうよ。
三つ星でも手に入れようものなら、国の英雄クラスだな。
皆から崇められること間違いなしだ」
「教団? 星?」
「教団ってのは、この街を実質上仕切っている『スリースター教団』だ。
星の導きでうんたらかんたら言ってる変な奴らだ。
言ってることはアレだが、権力は凄まじいぞ。
大陸三国に匹敵する財力と兵力を持ってるからな」
「ふーん」
「それで『三国及び、スリースター教団により公平かつ平等に管理運営される協会』、
その通称『協会』から依頼を受けて、どんどん成果を積み上げていく。
まぁこの協会のトップが、教団の教祖だからな。実質教団支配下と変わらないのさ。
それが一定に達すると、晴れて『星』をもらえるって寸法だ」
「も、もう一度お願い。頭に入っていかないわ」
早口言葉になりそうな協会名だ。長すぎる。
それに一体なんなんだ、『公平かつ平等に』って。
あからさますぎて、逆に不平等な印象を与えていると思う。
なんというか、胡散臭すぎる。
「三国及び、スリースター教団により公平かつ平等に管理運営される協会だ。
重要なことだからしっかり覚えておけ」
すらすらと諳んじてみせるマスター。
少しだけ見直した。
「なんたら協会で良いわよ。長すぎるわ」
「そんな言葉を聞かれたら、教団の奴らにぶん殴られるぞ。
あいつら武闘派揃いの、ネジが一本イカれた連中だからな」
「マスターの方がやばいこと言ってるじゃないの」
「俺は良いんだよ。褒めているんだからな。
何しろ俺はスリースター教を、心の底から崇め奉っているからな。
我らに『星の導きあれ』ってな」
全く本心には聞こえない言葉を口から垂れ流すマスター。
天に向かって祈りをささげているが、態度がわざとらしい。
「あっそ」
「俺を超えるほどの熱心な教徒は、この街には存在しないだろうな。
なにしろむしり取られている金、いやお布施も凄まじい額だからな」
「苦労してるのね」
「生きるってことは苦労の連続さ。これは親父の受け売りだがね」
しみじみと語るマスター。
マスターの人生についてはとりあえず置いておくとして、
『教団』について少し考えてみる。
この感じでは権力はあっても、布教はいまいち進んでいないらしい。
しかしながらこの集団が協会を掌握している以上、
諍いを起こすのはあまり賢くないだろう。
ああいう連中は、一度敵対すると非常に面倒くさい。
次に教団からもらえるという『星』について考える。
星をゲットすれば遊んで暮らせるらしい。
しかも二つてにいれば笑いが止まらないとは。
所謂ウハウハというやつではないだろうか。
三つ手に入れるのはやめておこう。英雄なんかもう真っ平ごめんである。
誰からも崇められ、そして誰からも恐れられ、今まで良い事など何一つなかった。
『勇者』を捨てるつもりは全くないが、使い捨ての英雄になど死んでもならない。
当面の目標は決まりだ。
二つ星を手に入れて、『笑いの止まらない生活』を送る。
考えるだけで、思わず笑みが零れてしまいそうだ。
――でも、笑いの止まらない生活ってなんだろうか。
「とはいえ、世の中そんなに上手い事ばかりじゃない。
協会からの依頼ってのは地下迷宮深部に関することばかりだ。
生半可な腕じゃ、魔物の餌になって終わりだな」
「そうなんだ」
「ギルドの依頼をこなして、小銭を稼ぐ。
腕を磨いて、協会の依頼を達成することを目指す。
これがこの街にいる奴らの行動方針だ。馬鹿でもわかるだろ」
なぁ? と生暖かい視線を向けてくる。
「今私を馬鹿扱いした? ねぇ」
「気のせいだろ」
「そうかしら」
「もちろんだとも」
私の言葉を軽く受け流し、何で俺が案内役みたいなことをと、また愚痴っているマスター。
仕方ないので、機嫌をとる為にもう一杯注文する。
本当は空になったからなのだが。酒は百薬の長である。
苦しいこともお酒があれば忘れることが出来る。私の人生の友である。
決して酒に溺れている訳ではない。
マスターが子供の癖にペースが速いと小言を漏らす。
私は当然無視をする。
すぐに新しい酒で満たされる。
「ちなみにそこらで酒を飲んでる奴らが、お前の同業者だ。
どうだ? どいつもこいつも良い顔してるだろう。
壁にぶつかって挫折した奴や、仲間を失って途方にくれてる奴、
手に入れた栄光に笑いが止まらない奴。
俺はそういった顔を眺めるのが、密かな生き甲斐なんだ。
お前はいったいどうなるんだろうな。実に楽しみだ」
「嫌な生き甲斐ね。もっと楽しいことを探しなさいよ」
「ほっとけ」
小さく笑いを漏らすと、再びグラスを磨き始める。
私は笑いを漏らす側にまわりたい。というか絶対そうなってみせる。
「――それで、この酒場で仲間を探すというわけ?」
「ここは二つ星認定を受けた酒場だからな。
協会、ギルド両方の依頼を請け負うことができる。
仲間を探したり、情報を集めるにはうってつけって訳だな」
「ところでルイーダの酒場なのに、マスターは男なのね」
「迷宮関連は、ルイーダの奴がやってるよ。俺は酒場業に専念してるのさ。
まぁルイーダはグースカ寝てるがね。
わざわざ夜中に迷宮に向かう自殺志願者はいないからな」
「そっか。大体の事は分かったわ。
どうもありがとうマスター。これからもよろしくね」
グラスの中身を一気に飲み干すと、席を立ち上がる。
「これからがあれば良いけどな。精々命は大事にすることだ。
死んだら終わり、やり直しは効かないんだからな」
「死んだら終わり? 普通はそうよね。
でも違う人間もいるかもしれないわね。
そいつが本当に人間かどうかも怪しいけれど」
「……そういう話は教団の奴らとやってくれ。
泣きながら説法を聞かせてくれるだろうよ。目から星が飛び出るくらいにな」
しっしっと追い払うような仕草をするマスター。
私は軽く笑うと、代金をカウンターに置く。
「それじゃあ、お休みなさい」
「……ああ。って、あと数時間で朝だけどな」
ふぁーと大きな欠伸をしながら部屋に戻り、素早く服を脱いでベッドに潜り込む。
相変わらずマタリはすやすやと眠っている。
こうして安心して眠れるというのは幸せなことだ。
この娘もいずれ『汚れる』のだろうか。
それともそれを知らないまま冒険を止め、幸せな生活を送るのだろうか。
愛らしい子供を抱き、昔は剣を取って無茶をしたものだと、
目を細めて英雄譚を語るのだろうか。
まぁどちらでも良いけれど。
「おはようございます、アレルさん……ってお酒臭いです!」
鼻をつまんで非難めいた視線を送ってくるマタリ。
頭が痛いから大きな声を出さないでほしい。
「――おはようマタリ。なんでお酒臭いんだろう。不思議ね」
「……全然不思議じゃありません。夜中にお酒を飲んだんでしょう。
今日はギルドで正式に活動を始める初日なんですよ!
いきなり二日酔いでどうするんですか!?」
声を張り上げるマタリ。頭にガンガン響いてくる。
「なーに景気付けってやつよ……おエッ。うう、中身が出そう。
今日は日が悪いから出かけるの止めようかしら。
なんか天気も悪いし。先行きが危ぶまれるわ」
窓から外を眺める。雲ひとつない快晴だ。
実に気分が悪い。目に眩しさが突き刺さる。
今私の体力はどんどん低下している。
「どこが天気が悪いんですか! 爽やかで、本当に素晴らしい快晴ですよ!
お日様も私達を祝福してくれています!
とにかくさっさと着替えて、顔を洗ってください。
早くしないと、集合時間に間に合わなくなりますよ!」
あくせくと動き回るマタリ。
着替えるのを健気にも手伝ってくれる。
この娘はきっと、将来立派な嫁になるだろう。
勇者お墨付きである。
「……よしっ、これで大丈夫です。
さぁ顔を洗って、ご飯を食べて元気に出かけましょう!」
鎧を着込んだマタリが元気よく声を出す。
その声がガンガン頭に響き、ぶっ倒れそうになる。
二日酔いに、元気印は非常に堪える。
「……そうね。元気にいきましょうか。元気に。……おエップ」
手で口を押さえて、吐き気を堪えながら返事をする。
消え入りそうなため息を吐きだすと、
マタリの後を追いかけて部屋を後にした。
これは所謂二日酔いというやつだろうか。ステータス的には『どく』?
「……やっぱりお前、人生舐めているだろう」
「……舐めてないわ。ちょっと具合が悪いだけ。
私は見掛け通りデリケートだから」
「ふざけた装備に、初日から二日酔い。ここまで舐めきった新人はお前が始めてだ。
馬鹿なのか豪快なのか、評価に迷うところだな」
腕を組んで、眉を顰めるロブ。迷っているどころか、大馬鹿者を見る目である。
集まった数十人の新ギルドメンバー達の前で、散々罵倒されるこの状況。
これで私の評価はガタ落ち確定である。
底辺の底辺という奴だろう。ある意味凄いのだろうか。
この一件がなかったとしても、評価には大した違いはなかっただろうけれど。
新人達はそれぞれが、自慢の装備に身を包み、誇らしげに振舞っている。
豪奢な装備、家紋の入った武具一式、
魔法のエンチャントがどうのこうのと薀蓄を語っている。
金額にして数万ゴールドぐらいはしそうな感じである。
貴族のボンボンやら、どっかの国の有名な騎士の息子、
英雄志願の若者で溢れかえっているようだ。
わかっていない奴らだ。そんなものは所詮は道具。
使い手たる自分がレベルアップしなければ……。
「オエップ。だ、大丈夫。私は常に万全を期するからね。
これぐらいでぶっ倒れたりはしないのよ」
「あ、アレルさん。フラついてますよ。私の肩に掴まってください」
「あ、ありがとうマタリ。ちょっと失礼するわね」
少しだけ屈んだマタリの肩に、盛大に寄りかかる。
ういーっ。だるいわ。死ぬ。
(なんだいありゃ)
(どっかの世間知らずの馬鹿娘が遊びのつもりで来たんだろ)
(まぁ一番に死ぬのは間違いないな)
(巻き添えを食らわないようにした方が良いな。下手に組まされたりしたらこっちまで危険だ)
(まったく、地下迷宮も舐められたもんだな。観光地じゃないんだぞ)
どことなく冷たい視線が突き刺さるが、私は全然気にしない。
これぐらいでくじけるようでは、勇者は務まらない。
『くじけぬこころ』、それこそが勇者に必要なモノなのだから。
「それでは気を取り直して、会合を始める。
今日はお前達新ギルドメンバーが一同に会する日でもある。
既に仕事に取りかかっている者もいれば、そうでない者もいるだろう」
辺りを見回し、最後に私を見つめてくるロブ。
何かを計る様なその目つきに、私は薄ら笑いを浮かべて挑発的に返す。
ロブは視線を逸らすと、話を続ける。
この男、私の実力に何か感づいているのかもしれない。
戦士の勘って奴だろうか。なかなか鋭い。
「それぞれが希望する職業に向けて、鍛錬を積んでいくことだ。
そして、とにかく『生き残る』こと。これが最重要だ。
死ななければ、何度でもやり直しは効くんだからな」
命を大事に。命を大事に。
死んだらお終い。死んだらお終い。
誰もが唱えるお題目。そんなに死ぬのが嫌なら家で引き篭もっていれば良いのだ。
そんな事を考える私の性格は破綻しているのだろうか。
「これからお前達には、ギルドの依頼をこなしていってもらうことになる。
他のギルドとも同じ依頼だから、パーティを組むのが良いだろう。
見事達成すれば、小銭を支給する。分かったな?」
ロブの言葉に、新人の一人が手を上げて質問する。
おニューの装備が実に微笑ましい。
「その、依頼とは何なのでしょうか。第一、我々は地下迷宮には入れないのでしょう?」
「良い質問だ。これからお前達には『仮許可証』を支給する。
こいつは三時間だけ、地下迷宮の活動を許されるものだ。
時間が来れば、強制的に帰還呪文が働くってわけだ。どうだ、凄いだろう」
「さ、三時間ですか」
「そうだ。まぁ簡単にいうと、『探索許可証』を持っている奴等の露払いが主な仕事だ。
しょうもない上層で消耗されてちゃ、探索が進まないからな。
お前達は腕を磨けて、ベテランはサクサク進める。迷宮のゴミは片付いて、協会は潤う。
どうだ、良い事尽くめだろう」
「は、はぁ」
「ちなみに許可証はアイテムではなく、魔術による刻印だ。
そそっかしい奴が『うっかり』なくしても大丈夫なようにな。
死んでても発動するから、何にも心配はいらないぞ。ちゃんと埋葬してやるからな」
放っておくとゾンビになるからとのことだ。
新人の首なし死体がゴロゴロ来たときはうんざりするがな、とロブは豪快に笑う。
しばらく笑った後、また真剣な顔つきに戻り、もう一度念押しする。
「とにかく、最初の一年は生き残ることを優先しろ。
そうすれば己の適正も見えてくる。
……新人の七割は、最初の一年で脱落するからな」
死んだり、諦めたり、別の道を探したりとのことだ。
まぁそのぐらい脱落者が出なければ、ギルドが人で溢れてしまうのだろう。
「その、ギルドマスターは星をお持ちなんですか?」
新人の一人が確認するように尋ねる。ロブの実力について知りたいのだろう。
「ああ、俺は一つ星だ。一応それなりに下まで潜ったこともある。
まぁ今はお前達のような、後進の指導役だがな」
鎧の肩部を外すとそこには一つ星の刻印があった。刺青のようであり、黄色く鈍い輝きを放っている。
これも魔術による刻印なのだろう。ということはいずれ、アレが私にもつくのか。
ちょっと嫌だな。なんか格好悪いし。
「そ、そうなんですか。どうもありがとうございます!」
感動したように、新人が深く頭を下げる。
たかが星一つであそこまで感動できるとは羨ましい。
額に自作の星シールでも張っていれば良いのだ。
皆がひれ伏すだろう。私はきっと大笑いしている。
というか、『探索許可証』なんてなくても、小銭だけで暮らしていけそうな感じもする。
三時間あれば、相当奥まですすめるだろうし。
ちょっと聞いてみるか。
「正式な許可証がなくても、協会の依頼を達成したら星って貰えるの?」
「……貰えないという規則はないが、余計なことは考えないことだ。
たった三時間で協会の依頼に関われるほどの深部までは潜れない。
あまり迷宮を舐めない方が良いぞ」
「それと、七割脱落する割には、協会は行列を作っていたと思うんだけど。
あれは一体なんで? あそこは探索許可証を申請する場所なんでしょう?」
「登録にはいろいろと時間がかかるからな。
だが一番の原因は、お前みたいな『人の話を聞かない』連中が、
毎回大挙して押しかけるからだ。
何度説明してもそのたびに面子が変わるから、協会もアホらしくなって匙を投げたのさ」
非常にキツいイヤミを頂いた。
というか、なんで私が『人の話を聞かない』と言われたのを知っているのか。
そんなどうでも良い噂を流している馬鹿がいるのだろうか。
あの受付の眼鏡女か。おのれ。
まぁとりあえず、形だけでも感謝を表しておこう。
一応ギルドマスターだから偉いわけだし。
人付き合いは譲歩も大事である。
「そっか。どうもありがとう」
「……もう少し言葉には説得力を持たせるんだな。全く心が篭っていない」
「あい」
「まったく、仕方のない奴だ」
(アイツ、一番に死ぬだろうな)
(三日以内にいなくなってそうだ)
(装備も棒切れにただの普段着だしな。頭がおかしいんじゃないか)
(マタリお嬢様も、変なのにまとわりつかれて大変だな)
(没落貴族にはお似合いだろ)
(おい! 仮にもアートの一族だぞ)
(フン、偉大なのはG・アート卿で、子孫じゃないからな)
周りの視線が突き刺さるが気にしない。
陰口は私だから聞き取ることが出来るほど、小さなものだ。
マタリがおどおどとしているが、私は全然気にしない。
だって勇者だもの。
ロブは気を取り直しすように咳払いを一つする。
「ギルドからの依頼はたった一つ。
『地下迷宮の掃除』だ。殺した魔物の一部を持ち帰れば、それに見合った報酬を渡す。
くれぐれも無理はしないように。それでは解散!」
『おう!』
気合のこもったロブの掛け声により、新人達は元気よく返事を返す。
私は、へーいと気の抜けた返事をしておいた。
まだ酒が抜けていない。
「ど、どうしましょうアレルさん。とりあえず迷宮行って見ますか?
それとも、酒場で仲間を探しましょうか」
「あれ、アンタ私と行動する気だったの?
どうみても私貧乏くじだけど。それに二日酔いだし」
いつの間にか仲間に加わっていたらしいマタリ。
全然気付かなかった。
「は、はい。こうして一緒になったのも何かの縁ですし。
もし宜しければ」
「んー、別に構わないけど、周りの目があるんじゃない?
アンタ名のある一族なんでしょ。変な噂が立つわよ」
「いえ、そんなことは全然気にしません。
以前にもお話したとおり、最早過去の栄光ですから。
私は自分の手で、栄光を取り戻して見せます!」
拳を強く握り、目をギラギラと熱く滾らせている。
あ、暑苦しいわ。性格はねっけつかんか、おせっかいね。間違いないわ。
「そう、じゃあとりあえず見物がてら行きましょうか。
どのくらいの難易度かによって、仲間集めを検討するとしましょう」
「そうですね、百聞は一見に如かずと言いますし。
何事も経験してみないと駄目ですよね!」
そうは言ったものの、私の仲間になってくれる奴などいないだろう。
マタリもいずれは離れていくに違いない。
来るもの拒まず、去るもの追わず。それが今の私だ。
結局のところ、最後に頼れるのは自分だけ。
魔王の心臓に、刃を突き刺したときに私は悟ったのだ。
一人でなんでもできる。それが勇者という存在なのだと。
剣では戦士に適わず、魔法では魔法使いに適わない。
回復は僧侶に比べ中途半端で、素早さは武闘家には及ばない。
だが総合的に上回っているのは勇者だ。
だから私は一人でここまでこれた。それが何よりの証明だ。
「アレルさーん、どうしたんですか? 追いてっちゃいますよ!」
少し離れた場所で、マタリがこちらを振り向き声を掛けてくる。
鎧のガチャガチャという音がこちらまで響いてくる。
私は苦笑いを浮かべると、マタリに向かって手を振る。
「……さてさて、噂の地下迷宮とやらとの初顔合わせか。
どんな敵が出てくることやら。まぁなんとかなるか。
今までもどうにかなってきたしね」
口から出てくる独り言。
ひのきのぼうを杖代わりにし、フラつく身体を支えながら私は歩を進める。
――何故か滲む視界に、かつての仲間達の後姿が見えた気がした。
幻だということは分かっているのに。
私の動悸が早くなる。心臓を打つ音がやけに大きく聞こえ始める。
転びそうになりながらも、私は歩くペースを速める。
そうしないと置いて行かれてしまうから。
バランスを崩し、私は地面に顔から倒れこんでしまう。
泥まみれになりながら、目をこすってもう一度確認する。
そこには、こちらへ向かって心配そうに駆けてくるマタリの姿があった。
どうもにんぽっぽです。
アレルは16歳、容姿はSFC準拠です。
+注意+
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