第2話 夢は屯(たむろ)する (その979)
「良いの・・・。」
美由紀は聞き取りにくいほどに小さな声で言った。
「・・・・・・。」
そう言われた源次郎が美由紀の眼を見つめる。
その後に続く言葉がありそうな気がしたからでもある。
それでも、美由紀は、もう何も言わなかった。
その短い言葉が「今の私の気持のすべてなの」と言っているようにだ。
源次郎は、改めて美由紀の唇を追い求める。
そして、一旦は自分から逸らすようにした美由紀も、また改めてそれに応じてくる。
「・・・・・・。」「・・・・・・。」
必然的に、しばらくはふたりの会話が途絶えてしまう。
代わりに、くぐもった湿った呼吸の音だけが響いてくる。
源次郎は、美由紀の腕に引っ張られるようにして、その上体を美由紀の上に重ねていた。
それでも、両腕を支えにして、何とか美由紀への負担が少なくなるようにと配慮はしていた。
如何に「良いの」と言われても、だからと言って美由紀の身体に圧し掛かっても構わないとは思えない。
明日も、美由紀は小樽の舞台に立つ身だ。
まさに、この小さな身体でだ。
と、その源次郎の上半身を支えていた腕に、美由紀の手が移動してくる。
そう、源次郎の首に回していた手を外してだ。
どうやら、首に腕を回していなくっても、もう源次郎がキスを止めることは無いとの確信を得たようだった。
その手が、源次郎の右腕を付け根から手首に向かって滑るように降りていく。
源次郎は何かを言おうとした。
だが、それを感じ取ったのだろう、美由紀が重ねている唇に力を入れる。
源次郎が離しかけた唇を容易に手放すつもりはなかったようだ。
かなりの力で源次郎の唇を捕らえてしまう。
次の瞬間だった。
美由紀の左手が、源次郎の右手首を握った。
そして、それをこれまた相当な力で遠くへと押しやるようにする。
源次郎の右腕は、上半身の体重のかなりの部分を支えていた。
それで、バランスを取っていた。
それなのに、その腕の支えを美由紀は取り去ったのだ。
当然のように、源次郎の身体が美由紀の上に崩れ落ちる。
(ああっ! な、何てことを・・・。)
源次郎はそう思った。
(つづく)
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