第2話 夢は屯(たむろ)する (その93)
「任せるって!?・・・・・・・・」
源次郎は、それだけしか言葉にならない。
あの笠野という男のしつこい顔が浮かんでくる。
「・・・・・で、どう言えばいいのですか?」
美由紀は、笑って源次郎を見ている。
「源ちゃん、今、珈琲こぼしたわよ。」
源次郎が改めて手元を見ると、確かに!
手にしたカップから珈琲が零れ落ちて、ジーンズのズボンに沁み込んでいくところだった。
それから、おもむろに、太ももに熱さを感じる。
「あちっ!・・・・・・・・」
それを見て、美由紀は大きな声を出して笑い出した。
今にも、その場で笑い転げそうである。
源次郎は、慌ててカップをちゃぶ台の上に戻し、ポケットからハンカチを出して太ももを上から押さえる。
「・・・ああ・・・・熱かった・・・・・」
「大丈夫?・・・・」
源次郎を覗き込むようにして、美由紀が訊いて来る。
それでも、笑いは収まっていない。
けらけら笑いながらのお見舞いの言葉である。
「びっくりするような冗談はやめてくださいよ。火傷しちゃうでしょう?」
源次郎は、美由紀に笑われているのが何となくくすぐったいのだ。
「・・・う〜ん、笑ってごめん。・・・でも、冗談なんか言ってないわよ。」
美由紀は、一転して、真顔になって言葉を続ける。
「・・・・だからさ、それは源ちゃんが判断してくれればそれでいいのよ。」
「・・・・・・・・・・」
太ももにまだ残っている熱さを押さえながらも、源次郎はまだ納得できない。
ちゃぶ台を挟んで、美由紀の顔をじっと見ている。
「・・・・・でも、それって、無茶苦茶ですよ。僕になんて、何も決められませんよ。」
源次郎は、そこまで言う美由紀の心理が分らない。
からかっているのではないとしたら、一体どういうことなのだ?
美由紀が立ち上がって、窓の傍へ行く。
窓と言っても、一階の屋根の上に張り出したように取り付けられている物干し台への出入り口でもあるから、今で言うとベランダへ通じるガラス戸ぐらいの大きさがある。
美由紀はそのガラス戸を半分程度開ける。
外からの風が流れ込んでくる。
戸惑う源次郎に背を向けたまま、美由紀がゆっくりと話し出す。
「源ちゃんさ、これからの2週間が終わったら、源ちゃんはどうするつもりなの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
源次郎は答えられない。
それどころか、考えもしたことがないのだ。
昨日の今日である。
昨日、何かしらの因縁があったのだろう、美由紀の専属スタッフという仕事に就いた。
それからは、初めてのことばかりで、正直言って、その後のことなど考えている暇は無かった。
今日一日がうまく行くのか、それすらも分らない状況である。
取り敢えずは、目の前にあることをただ必死でやっているだけなのだ。
「あの子の言うとおりにしてやってくれ」と言った支配人の言葉をひたすら守っている。
「さあ、どうしているんでしょうねぇ?僕にも分りません。そこまで考えてもなかったですから。」
それが正直なところである。
美由紀は、そうした答えを予想していたかのように、言葉をつないでくる。
「だったらさ、もう少しの間、私とやってみてくれない?・・・駄目かな?」
(つづく)
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