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第2話 夢は屯(たむろ)する (その92)
「いつ、いつ来たの?」
美由紀は、珈琲の一口分を喉の奥に流し込んでから、そう訊く。

「どうやら、ここから戻ったときには、あの事務所の中にいたようです。本人が、そう言ってましたから。美由紀さんは気付かれませんでした?」
「ううん、全然。だって、まさか公演中に、その劇場まで来るなんて考えてないもの。第一、よく入れたわよね。」
「そうなんですよ。僕も、その辺りからして不思議だったんで、訊いてみたのです。」
「そしたら・・・?」
「そうしましたらね、あの支配人と友達らしいんです。大学の。それで、頼み込んで、あの事務所で待っていたそうです。」
「ふ〜ん、やはり、そういうことでもないと無理よね。・・・そうか、支配人と友達だってか・・・。」
美由紀は、少し考えるようにしながら、また珈琲を口にする。

源次郎は、笠野の用件をここで話すべきかどうか迷った。
今、美由紀が何かを整理している。
今までにも何度か交渉したことがあると言っていたのだから、美由紀としてもそれなりの考えがあるのだろうと思う。
その整理が済むまでは、黙っていた方がいいような気がした。
源次郎も、珈琲を口に運ぶ。

「うん、分った。それで、用件は何だって?」
少しの間をあけて、美由紀が続ける。
「来月の最終週から札幌の劇場に出て欲しいそうです。」
源次郎は、単純に用件のみを伝える。
「それで?」
「いえ、後のことは何にも聞いていません。ただ、その用件だけは伝えると言っただけなんで。」
「・・・・・・・・」
美由紀は、何か消化不良でも起こしたような顔をする。

ともかくも伝えたぞ、という気持で、源次郎は多少は気が楽になった。
だが、目の前の美由紀を見ていると、そう簡単なものではないようだ。
「でもさ、だったら、どうして私に直接言ってこないんだろう?変だと思わない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
今度は、源次郎が消化不良みたいになる。

それはあの支配人が「吉岡」に言えと言ったからなのだが、それをそのまま美由紀に伝えるには抵抗があったのだ。
いかにもふたりが「男と女」の関係でもあるような前提だったからだ。

「ははあん、・・・・・それも支配人の仕業よね。皆がいる前で、そんな交渉されたくはないから、私が舞台に上がっている間に、源ちゃんを通じて秘密裏に・・・ってことね。」
さすがに美由紀である。
何度も交渉したらしい笠野という男も、あの支配人のことも、それなりにきちんと掴んでいる。

「それで、その回答はどうすることになっているの?」
美由紀は、既に答えは決まっていると言いだけである。
「それは、次の舞台が始まった頃に、また来るそうです。」
源次郎は、その点ははっきりと答える。

「そっか、じゃあ、源ちゃんに任せとくわ。」
美由紀は、至極簡単にそう言った。

「ええっ!・・・・・・・?」
源次郎は、美由紀に言われていることの意味が分らない。


(つづく)



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