一旦、第90話として掲載した部分ですが、作者の手違いで91話として改めて掲載をしております。
申し訳ございませんが、第90話から再読かた、よろしくお願いいたします。
第2話 夢は屯(たむろ)する (その91)
「ああ・・・・・お帰り・・・・・。」
普段なら客が座るカウンターのところに、夫婦が並んで座っていて、美由紀の声におばちゃんがそう返事をした。
嬉しそうである。
源次郎も、美由紀に続いて店に入る。
「休憩中なのに、また、ご厄介かけます。」
自分でも、大人を演じてるなぁ、という思いがある。
先ほどと同じように、美由紀は2階へ階段を上がる。
源次郎もそれに続く。
そして、そこには、先ほどと同じようにちゃぶ台があって、お湯や洗面器が置いてある。
「源ちゃん、お願い」と言われるまでもなく、源次郎は洗面器にお湯をいれ、水で温度を調節して、そこにタオルを浸す。
美由紀も、何も言わずに、頃合を見計らって、自分でスカートを捲りあげる。
そうして、それが終わったら、先ほどと同じように、美由紀は階下にあるトイレに走っていく。
源次郎は、その跡片づけをして、ちゃぶ台の前に座る。
また、階段をおばちゃんが上がってくる。
「珈琲を入れました。そんなに上等なものじゃないんで、お口に合わないとは思いますけれど・・。」
そう言って、ちゃぶ台の上に、珈琲をふたつ置いてくれる。
「美貴が我侭ばっかし言うとると思いますが、よろしくお願いいたします。」
また、丁寧に頭を下げてくれる。
源次郎は、美由紀がこのおばちゃんに、自分のことをどのように説明しているのか分らなかったから、答えようが無い。
もし、変な対応をしても・・・と思うところがある。
少なくとも、美由紀の育ての親である。
その娘のような子に、いつもへばりついてくる男のことが気にならない筈はないのだ。
しかも、こうしてお湯などを準備しているのだから、それが何のためであるかぐらいは知っているのであろう。
だとすると、その後の美由紀と源次郎との間で何が行われているのかも、当然に知っていることになる。
そうした関係である男に、このおばちゃんは、非常に寛大だと源次郎は感じるのだ。
名前も訊いて来ないし、ましてやどのような関係だと問うようなこともしない。
それだけ美由紀を、いや、美貴という娘を信じているのか、それともそうしたことに首を突っ込むことを恐がっているのか、源次郎には分らない。
ただ、ひたすらに「美貴をお願いします」とだけしか言えないおばちゃんに、顔形は異なるものの、大阪にいる母の姿と重なるものを感じてしまうのだ。
そのおばちゃんと入れ替わるようにして、美由紀が戻ってくる。
「おばちゃん、何か言ってた?」
美由紀は、ちゃぶ台のところに座りながら、そう訊いてくる。
「いいえ、特には。ただ、美貴をよろしく、それだけでした。」
源次郎は、事実だけを伝える。
そして、珈琲に砂糖を1杯だけ入れ、軽くかき混ぜてから、美由紀の前にカップを置く。
自分のカップには,2杯の砂糖を入れて、同じようにかき混ぜる。
美由紀が珈琲に口をつけたのを見計らって、源次郎がポケットから笠野の名刺を取り出した。
「美由紀さん、実はですね・・・・・・この人が来たのです。」
源次郎は、名刺をちゃぶ台の上において、美由紀のほうへ向きを変える。
その名刺を見たとたんに、美由紀の動きが止まった。
口にしている珈琲カップもそのままの位置で止まってしまう。
源次郎は、美由紀が動くのを待っている。
(つづく)
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