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第2話 夢は屯(たむろ)する (その9)
しかし・・・・・。
と源次郎は、考える。

個室に入ったものの、別に用を足したい訳ではない。
とりあえずは、現状を確認しなければ・・・とズボンを下ろしてみる。

とほほほ・・・である。
ブリーフの前面には大きな染みが出来ており、恐る恐るその中を見ると、ネバネバしたわけの分からない湿り気の中に、我が息子が溺れているような感じなのだ。
「おい、さっきの元気はどこへ行ったのだ・・」と心の中で訊いてみたくなる。
だが、仕方がない。今更言ってもだ。

問題は、これからどうするか、である。
もちろん、着替えのパンツぐらいは持ってはいるが、それは案内された事務所のようなところに置いた鞄の中だ。ここにはない。
ましてや、そのネバネバしたものを拭き取る紙すらそこにはなかった。
今なら、こうした劇場などで、トイレットペーパーが備え付けられていないトイレは考えられないが、当時はこれが当たり前であった。トイレに入るときに、紙を自分で用意することはごく当然な時代である。

「ええい、こうなりゃ、非常手段だ」とばかりに、源次郎はポケットにあったハンカチを取り出して、それでそのネバネバしたものを拭き取る。
一応は拭えたかと思って、ブリーフだけをあげてみる。
駄目だ!冷たいのである。
拭き取ったのだから、後は乾くのを待つしかないのだが、そこまでここにいるのか?ということになる。
そうもいくまい。
仕方がないので、源次郎はその湿ったブリーフを脱ぐことにする。
脱いで、直接ズボンを履く。
多少の違和感はあるが、冷たいパンツを履くよりは随分とマシである。

脱ぎ去ったパンツと、ネバネバを拭き取ったハンカチを出来るだけ小さくなるように折りたたんで、それらをまとめてズボンのポケットに突っ込む。
「早く、席に戻らなくちゃ」と思いつつも、その個室のドアを開けるタイミングを息を殺して推し測っている。
個室の外ではまだあの清掃員が作業する音がしている。
気楽に、鼻歌などを歌っている。

その鼻歌が、どうやらどこかの個室の中へ入ったらしいタイミングで、源次郎は個室を出る。
そのまま、手洗いのところまで行って、蛇口を捻って手を洗う。
洗っては、その手の匂いを嗅いでみる。
あの、精液独特の生臭い匂いがまだ付いている。
また、水に手を晒して、ごしごしと両手を擦り合わせる。
今のように、石鹸水が設置されている筈もなく、ひたすら水で洗い流すだけである。

それでも、何度となく両手を水に晒していると、ようやく匂いが薄らいでくる。
まだ、完全とは言えないが、もう戻らないとヤバイ。

ハンカチは先ほど使ってしまったので、濡れた両手を拭くものもない。
仕方がないから、子供がするように、両手をピッピと振って水気を取る。
そうしながら、鏡に映った自分の顔を眺めると、何とも侘しい顔をしている。
東京でのあの闘争時の顔からは想像できない自分がそこにいた。

「俺は、これからどうなっていくんだろう・・・・」
そんな弱気な気持ちが源次郎を支配していた。


(つづく)




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