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第2話 夢は屯(たむろ)する (その87)
「はい、分りました!何分、よろしくお願いいたします。」
笠野は、そう言って、直立してから、深々と頭を下げた。

ふと見ると、満足そうな顔をしている。

源次郎は、嫌な予感がした。
ああは言ったものの、美由紀さんは「なぜ、そんな話聞いたの?」と怒るかもしれないのだ。
なのに、この笠野は、なぜか、ニコニコしている。
どうしてなのだ?
ただ単に、このような話を持ってきたという事実を話すと約束しただけなのに。

「では、後ほど。」
笠野は、重たそうな鞄を持って、事務所を出て行った。
表に出たとたんに、スキップでもしそうな雰囲気である。
大丈夫なのだろうか?と心配してやりたくなる。


先ほどの煙草の火を消し終えたとき、ひとりの女が楽屋のある通路から入ってきた。
どうやら、既に出番を終えたストリップ嬢のようだった。
フィナーレにはまた出なければならないから、化粧などは落としていない。
元の顔が分らないぐらいの厚化粧である。

その女、ゆっくりと源次郎が座っている机に向ってくる。
そして、まだ、煙が少し立ち昇っていた灰皿を指差して、
「すいません、その灰皿、お借りしてもいいですか?」と聞いて来る。

源次郎は、うん、と言う代りに、その灰皿を女のほうへ押し出してやる。
「すみませんねぇ。・・・・・そう言えば、あの時も、すみませんでした。知らなかったもので。」
女は、そう言いながら、まるで米つきバッタのように立て続けて頭を下げる。

ん?
源次郎は、今、女が言ったことの意味が分らなかった。
最初のすみませんは分る。だが、その後の、あの時も・・・というのが分らない。
「えっ?どういうこと?」
つい、声に出してしまう。

「昨日のお昼過ぎ、この事務所の入り口のところで・・・・。誰かの入り待ちかい?などと失礼なことを言いまして。」
女は、衣装の胸元から煙草を取り出しながら、そう言った。

源次郎は思い出した。
そうなのだ、昨日、ここに初めてつれてこられたとき、待ってろ、と言われて表にいた。
そのとき、この事務所に入っていったのがこの女性だったのだ。
「入り待ちかい?」その言葉で、ようやく思い出した。
意味さえも分らなかったからだ。

「いえいえ、何とも思っちゃいませんよ。・・・でも、その“いりまち”というのは、どういう意味なんですか?」
源次郎は、これ幸いに、教えてもらうことにした。

「えっ!・・・・?」
今度は女のほうがびっくりする。
「ミッキーさんの、これ、じゃないんですか?」
女が親指を立てる。

下品な表現だが、源次郎にもそれがどのような意味なのかは分っていた。
「とんでもない!・・・・僕は、そんなんじゃないですよ。昨日、富さんとか呼ばれる人に、仕事を紹介してやるからと初めてここへ連れて来られて、そして初めて美由紀さんと出会ったんですから。だから、この業界のことも何にも知らないんです。」
またしても、源次郎は躍起になって否定しなければならない立場になっている。


(つづく)





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