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第2話 夢は屯(たむろ)する (その86)
「今までの出演交渉も、笠野さんが直接やられていたのですか?」
源次郎は、例の煙草に火をつけて、一口吸ってから訊く。

「はい、勿論です。何度も東京の劇場にはお伺いいたしました。今、どこの劇場に出られているということだけは本社の営業部隊から情報をくれますので。」
笠野はまた汗を拭く。
「だったら、お分かりでしょう?美由紀さんはそうしたことのすべてをご自分で決められるということを。」
「はい。他の方はマネージャーの方がついておられますが、美由紀嬢だけはフリーだそうで。」
「でしょう?それは、今も何ら変わってはいませんよ。あくまでも、美由紀さんの気持ひとつだと思います。」
「だったら、どうして、吉岡さんに頼めば・・・と言ったんでしょうね。ここの支配人は。」
笠野は、それが分らない、という顔をする。

源次郎は、支配人が自分のこれからの興行がしやすいように、この笠野に恩を売っておく計算があったのだと考えている。
まさにやり手だ。
自分の手は汚さないで、相手の弱みに付け込んで、如何にも有効な情報であるかのように見せかけて、俺のことを伝える。
それが成功しようがしまいが、それは彼には関係が無いのだ。
まさに、「生き馬の目を抜く」業界での虚々実々の駆け引きだ。
自分のところさえ良ければ、それでいいのだ。

笠野の肩ががっくりと落ちたように見える。
「・・・・・あのう、・・・・・・失礼なことをお聞きしてもよろしゅうございますか?」
それでも、何とかつなぎの手を考えているようだ。必死である。
「はい。答えられることでしたら・・・。」
源次郎は、笠野が訊きたいと思っていることが何なのかはおおよそ分っていた。
分っていて、そのように答える。

「吉岡さんは、美由紀嬢のいい人なんですか?」
笠野の質問は、源次郎が予想したとおりの内容である。
ただ、今の問い方をどこかでされたような気がする。
そうだ!あの雑貨屋のおばあさんが同じ言い方をしたっけ、と思い出す。
「そうじゃないですよ。冗談にも、そんなことは言わないでください。美由紀さんは人気商売なんですから。」
源次郎は、そう言って、これを明確に否定する。

「でも・・・・・。」
笠野は、それでも納得をしていないようである。
「聞きましたよ。昨日のリハで、美由紀嬢が東京へ帰るとおっしゃったのを、吉岡さんが宥められたと。吉岡さんがおられなかったら、今日の初日は酷い状態になっていた、と彼は言ってました。」
笠野は奥の手を出しました、という顔をしている。

「それは・・・・・」
源次郎は、もういちいち説明する気になれなかった。
第一、それを説明したところで、支配人と同じで、本当のところを分っちゃもらえない。
だが、支配人がそこまでこの笠野に話しているとは思わなかったから、確かに苦しい答弁になる。
ここまで追い込まれると、簡単に逃げられる方法も見つかりはしなかった。

「じゃあ、次の合間に、笠野さんが来られたことと、用件の概要だけは伝えておきます。」
源次郎は、これで逃げようと考えた。
「でも、それで、美由紀さんが聞く耳を持たないと言われたら、それは諦めてくださいね。」
その後のことで、釘を刺すことも忘れなかった。


(つづく)



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