第2話 夢は屯(たむろ)する (その84)
「どういったことでしょう?」
源次郎は、その話の内容が分らないだけに、より慎重にかつ丁寧に対応する。
先ほどから、この小樽における美由紀の過去を聞かされていたところだったから、余計にそう思ったのかもしれない。
笠野に、そこにある折りたたみ椅子を勧める。
笠野は、重たそうな黒い大きな鞄を足元においてから、おもむろに椅子に腰掛ける。
そして、座っておきながら、その椅子ごと源次郎に身を寄せてくる。
どうやら、他人には聞かれたくない話のようだ。
「実はですね、来月の最終週から、私どもがやっております札幌のショー劇場にご出演をいただけないかと。・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・?」
源次郎は、呆気に取られている。
おいおい、美由紀さんの仕事の話かい!
だったら、どうして俺のところに来るんだ?
俺は、ここでの付添人みたいなことはしているけれど、そんなマネージャーが取り仕切るようなことは知ったことじゃないんだ。
そう思いはするのだが、まずは、どうしてこの俺にそのような話を持ってくるかが知りたくなった。
「僕の名前は、どなたにお聞きになりました?」
源次郎は、取りあえず、そう問うてみる。
「はい、それはここの支配人に。彼は、私の大学時代の旧友でして・・・。」
あっ!それでなのか、と納得する。
通常、こうした公演がある場合、その関係者しか出入りをさせない筈だろうと思う。
なのに、どうしてこんな門外漢が・・・という疑問には答えが出た。
そうなのか、あのやり手だという雰囲気のある支配人は、大学を出ていたんだ。
どおりで、計算だけはちゃんとする。頭はいいんだな。やはり。
源次郎が、ひとり納得した顔をする。
ところが、笠野はどうやらそれどころではないようだ。
「美由紀嬢は東京をホームグランドにされておられるようで、なかなか地方へは来ていただけません。それは、有名な話ですよね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
源次郎は、徹底的に答えないで聞き出そうとする。
今の、本当の立場をこの笠野が知ったら、このような話は聞きたくても聞かせてもらえるものではない。
とても、うかつなことは言えないのだ。
「ところが、ある情報筋から、小樽の劇場に出演されると聞いたのです。私ども、今までにも何度もお願いに上がったのですが、美由紀嬢は“うん”とはおっしゃっていただけませんでした。なのに、札幌には来て頂けないのに、この小樽には来られた。・・・・・どうしてなのか?私どもと致しましても、ご出演料の面におきましても、ご滞在中のいろいろなお世話につきましても、決して他さんに引けはとらないものだと自負いたしております。それなのに・・・・・。私、北海道全体の責任者と致しまして、東京の本社から叱責を食らっておりまして・・・・。」
笠野は、本当に苦しい立場らしく、暑くも無いのに額には汗が浮き出ている。
「そこで、小樽の劇場を調べました。そうしたら、ここに出られると分ったのです。で、主催者も調べましたら、これが幸いなことに、旧友だったわけでして。・・・・そこで、無理を頼んで、本日、こうして来させていただいたという次第です。」
そこまでを聞いて、源次郎は困ってしまう。
さて、どう言って、この場を逃れるか?
笠野の膝が、さらに源次郎に詰め寄ってくる。
(つづく)
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