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第2話 夢は屯(たむろ)する (その83)
「親孝行なんですね。」
店から少し離れてから、源次郎が言う。

美由紀は、静かに頭を振る。
「ううん、そういうのじゃないんだけど、ようやく、美由紀も少しは大人になったってことかな?ああして、おじさん、おばさんと話せるんだものね。まだ、互いに遠慮みたいなものがあるにはあるんだけど。」
「富山へ行かれてからも、何度かは戻ってこられてたのでしょう?」
源次郎が、美由紀の顔色を窺いながら訊く。
「う〜ん、その話はまた後で。こんな、道の真ん中で話したくはないの。」
美由紀は、そういって、話を打ち切る。
商店街の中は、午後の買い物に来た人なのであろう、かなりの人が行き来していた。


劇場に戻ると、支配人がトコトコと2人のところにやってくる。
帽子をとって、「では、午後からの舞台もよろしくお願いします」と馬鹿丁寧に挨拶に来る。
朝一番の対応とはまったく別人である。
やはり、午前の舞台の仕上がりの良さが、その理由だろうと源次郎は思う。

既に、舞台の幕は上がっているようで、例の艶かしい音楽が聞こえてくる。
観客の熱気も歓声も、午前と同じである。いや、それを上回る賑わいのような気もする。
美由紀は、時間を見計らって、トイレに行き、それからは水分を口にしない。
そろそろ楽屋入りなのだろう、と思っていると、あの化粧担当の女の子が迎えに来る。
「美由紀さん、そろそろお願いできますか?」
既に、気持の準備は出来ているようで、美由紀は、またハイヒールを源次郎に預けて奥へと消える。

それを待ち構えていたように、事務所の端っこのほうで控えていた男性が源次郎に近づいてくる。
「あのう、失礼ですが、吉岡さんでしょうか?」
その男は、自分の名刺を手に持ちながら、確認しに来る。
そう言えば、この事務所に戻ってきたときに、何かしら出て行くときとは違う雰囲気があるな、とは感じていたが、この男がいるためだったかと気がつく。
こうした事務所には似つかわしくない、ちゃんとしたスーツ姿の男だった。
年齢は、50代半ばぐらいだろう。

源次郎も一応は席を立つ。
かといって、名刺交換が出来るわけもない。
ただ、今までの習慣なのか、ちゃんとした身なりの人間に対しては、それなりの対応をするものだとの意識が源次郎にはあった。
「はい、吉岡ですが・・・」
男に対して、真正面に立って、そう答える。

だが、本当は、源次郎には「なぜ、ここで、俺の名前が呼ばれるのだ?」という単純な疑問がある。
小樽は初めての土地である。当然に知り合いなどひとりもいない。頼りにしてきた友人を除けばだ。
だのに、名前を呼ばれているのだ。
「はじめまして。突然に申し訳ございません。私、こういうものでして・・・」
男は、準備していた名刺を両手で持って、源次郎に差し出す。

一応は、名刺を受け取る。
『大日本興行株式会社 札幌支店 第二営業部長 笠野 守』とある。
所在地は、札幌市内である。
社名から、何となくはその業種が想像は出来たが、そこの営業部長さんがどうしてこの俺に?
源次郎は、人間違いをされているような気になっている。

「実は、佐崎美由紀さんのことで、ご相談があるのですが・・・・」
その男、笠野はそう切り出した。

「美由紀」の名前が出たことで、源次郎は身構えることになる。


(つづく)





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