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第2話 夢は屯(たむろ)する (その81)
「キヨ」という名前を聞いて、源次郎はあの喫茶店のマスターを思い出す。
だが、今は、そうしたちょっとした事でさえ、口を挟むことは憚られるような気がする。
じっと聞いている方が、美由紀にとっても楽なのかもしれないと考える。

「一緒に、どこか遠くに行って、誰にも知られないところで死のう、って約束してたのに、キヨちゃんは私を置いて行っちゃったの。なんでなのか、今でも分らない。・・・・ひとりで寂しかっただろうな、辛かっただろうなって思うの。・・・・・キヨちゃんはね、心臓に穴が開いていて、このままだと20歳までは生きられないだろうって言われてたのね。今だったら、手術なんてことも考えられたかもしれないんだけれど、そのときはそれは無理な事だって言われてたし、奇跡を待つしかなかったみたい。それで、あれだけ好きだったバレエもやめることになっちゃって・・・・・。」
美由紀は、源次郎が差し出したハンカチを両目に当てている。
今にも、そのハンカチを透して美由紀の涙が滲み出しそうなほどである。

しゃくりあげるように息を継ぎながら、美由紀は一つ一つ思い出すように話していく。
もう、源次郎がどのように反応しているかなどを考えている余裕すらもないように見える。

「でもさ、・・・・私が今こうして生きているのは、きっとキヨちゃんが死んだからだと思うの。キヨちゃん、私を残して、置いてきぼりにしたんだけれど、どうしても私に黙って逝ったのは許せなかったんだ。そのときはね。あれだけ約束したのに、って恨んだわよ。小さくなっちゃったキヨちゃんに、どうして置いて逝っちゃったの!ってお葬式の時に泣き叫んだのを覚えている。」
美由紀は、ようやくハンカチを両手の中に戻して、膝の上で握り締める。

「それからかな、自分ひとりで生きていこうって思ったのは。そんなことがあったから、高校の受験も失敗しちゃってね。ここのおじさん夫婦は私学へ行かせるだけのお金はなかったから、それとなく、遠まわしだけれど、どこかで働かないか?ってことになったのね。」

「・・・・・・・・・・・」
源次郎は、美由紀の目を見ながら、ゆっくりと頷くだけにする。

「馬鹿よね。私ったら、やはりそうして中卒で働かせるのは、元々は赤の他人だからなのだと思ったの。決してそんなのじゃなかったんだけれど、未熟っていうのか、子供だったというのか、そのときは本気でそう考えていた。大人を、ううん、そうした世間に私を捨て去った母親を随分と恨んだわ。顔も、名前も分らないのに。・・・とにかく、そのときは、誰かをそうして異常なほどに恨みでもしなけりゃ、自分の足で立つ勇気さえもなかったんだと思うの。」

美由紀は、そこまでを言ってから、源次郎が入れたお茶を一口だけ口に含む。
「それでさ、なんだかんだ、嫌な思いのあった小樽を出ようって思ったの。でも、だからといってどこかへ行く当てもない。実の母親でさえどこの誰かわからないのに、親戚とかそういったものもあるはずもなし。で、どうしようかと迷っているときに、学校から富山の紡績工場が女工さんを探しているって話を持ってきたの。」


(つづく)



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