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第2話 夢は屯(たむろ)する (その80)
「戸籍上の名前を本名というのだったら、それは美貴。山田美貴。美しいに貴重品の貴。」
美由紀は、ちゃぶ台の上に指で字を書くようにしながら、それだけを言う。

なるほど、それでさきほどのおばさんが「美貴」と呼んだことは納得できた。
「と、言うことは、佐崎美由紀というのが芸名なんですね。それを、お母さんがつけられた?」
源次郎は、手順を踏んで整理するつもりが、逆に違和感を抱く。
「よく、お母さんが許されましたよね。」
「だって、母は、それが本名のつもりでつけたんだもの。」

美由紀が少し不機嫌になる。
自分から話そうとしていたのに・・・・という感じがする。
それで、源次郎は慌てて聞き手に撤することにした。
「我侭だが、いい子だ」と言うあの支配人の言葉を思い出す。
黙って、急須にお湯を入れて、お茶を湯飲みに注ぐ。
いろいろと訊きたい事もあるのだが、じっと喉に止めている。

「源ちゃん、今から私が話すことは、絶対に他言しちゃあ嫌だよ。」
美由紀は、両膝を少しだけ崩すようにして、源次郎を見つめる。
「はい」と返事をする代りに、源次郎は湯飲みをそっと前におく。
そして、美由紀とは反対に正座で座りなおす。

「私はね、母親の顔を知らないの。生まれて直ぐに捨てられたのね。それで、あちこち回されて、最終的にはこの山田家に引き取られたの。だから、戸籍の上では、山田美貴。この名前は、おじさん、この店に入ったとき、カウンターの中にいた人なんだけど、付けてくれたらしいのね。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「でね、中学までは、私、何にも知らずに育ったの。そう、この部屋よ。このちゃぶ台も使ってたの。あの勉強机も私が使っていたものなの。この部屋から学校へ行ってたの。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「ところが、中学3年の時に、高校受験の資料として必要だから、と戸籍謄本を取ってもらったのね。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「それを貰うときに、おじさんとおばさんから、本当のこと、つまり、私がこの家の子じゃないって聞かされたの。どうせ、謄本を見ればわかることだからと。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「ショックだったわよ。それから、私、グレちゃったのね。お父さん、お母さん、と信じて疑わなかったのに、突然に、実はこうでした・・・と言われてもね。信じたくはなかったし、信じられなかった。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「だってね、そうでしょう。物心付いて、傍にいてくれて、可愛がってくれる人って、誰でもそれを本当の親だと信じるじゃない。誰も、それは本当ですか?なんて、これっぼっちも疑わないでしょう?鳥が、卵から出たとき、最初に見たものを自分の親だと思うって、なんかの本にも書いてあったけど、まったくその通りだと思うの、例え人間でも。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「それで、何もかもが嫌になっちゃったの。自分って、なあに。自分って、だあれ。・・・・・・」

源次郎は、胸のポケットに入れていたハンカチをそっとちゃぶ台の上におく。

「そんなときにさ、・・・・・・キヨちゃんの病気のこともあって、・・・・・2人して死のうと思ったの。」


(つづく)



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