第2話 夢は屯(たむろ)する (その769)
「聡子さん・・・。」
お婆さんが言う。
「あ、はい?」
「わ、私・・・、また、迷惑を掛けたようだねぇ・・・。」
「いえ、そんなことはありませんよ。ご心配なく・・・。」
「だ、だけど・・・、ここは、どうやら病院みたいだし・・・。」
「ええ・・・、それはそうなんですけれど・・・。」
「どうして、ここに?」
「御母さん、ちょっとお散歩に出られたようで・・・。」
「あらら・・・、また?」
「御免なさいね。私が、ご一緒して差し上げれば良かったんですが・・・。
でも、ご無事で何よりでした・・・。」
「申し訳ない。自分でも、ひとりで動いちゃ駄目だって言い聞かせているんだけれど・・・。
ときどき、自分じゃなくなっちゃうみたいで・・・。
ほんと、情け無いよ。迷惑ばっかり掛けて・・・。」
「何を仰いますか・・・。」
「長生きはするもんじゃねえ。お爺さんの遺言を、私は守れなかった・・・。」
お婆さんは、そう言って、深い溜息を付いた。
「・・・・・・。」
奥さんは、何かを言い掛けたようだったが、結局は何も言わなかった。
いや、言えなかったのだろうと、源次郎は思った。
当時は、「ボケは決して治らない」と考えられていた。
老化に伴うものだから、どうしようもない。
歳とともにだんだん酷くなる。
そう考えられていた。
だから、これに罹るということは、本人だけでなく、同居している家族にも重大な問題をもたらした。
このお婆さんが言うように、「自分ではなくなっていく」という特徴がある。
頭の老化、つまりは脳が老化現象を起こして正常に機能しなくなるわけだから、その個人を司っていたいろいろな経験や思考が次第に役に立たなくなってくる。
初めは、「物忘れが激しくなってきたなあ」と思うらしい。
それでも、誰もそれが病気によるものだとは思わない。
「歳だしなあ」で片づけしてまう。
嫌な言い方をすれば「耄碌したなあ」で片付けようとする。
だからこそ、そうした兆候があるのに、医者どころか、家族にだってそうした事実を告げようとはしない。
老人のプライドなのだろう。自分だけで抱きかかえることになる。
だから、発見が遅れる。
このお婆さんも、そうした状況に自分がいるという自覚はあるようだ。
だから、ああして、世話をしてくれている息子の嫁さんに対して気を使うのだろう。
ただ、救いだったのは、息子さんが声を掛けても正しい反応を示さなかったのに、世話をしているであろう奥さんが呼びかけた「御母さん」の一言に的確に反応したことだった。
それが、単なる偶然ではないと思いたい源次郎である。
(つづく)
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