第2話 夢は屯(たむろ)する (その74)
源次郎は躊躇しなかった。
美由紀に抱きつかれて、それをしっかりと両手で受け止める。
周囲で拍手が起こる。
舞台の共演者、裏方さん、化粧や衣装を担当するスタッフ。
皆が、美由紀を褒め称える。
「いゃあ、ご苦労さん!すっごい、出来、すっごい盛り上がり。いゃあ、改めてミッキー、いや佐崎美由紀の力量を目の当たりにしたよ。いゃあ、凄かった。」
あの、あの支配人が言うのである。
その言葉で、周囲の拍手がさらに大きくなる。
美由紀は、源次郎の肩から顔を上げられずにいる。
しっかりと源次郎の首に抱きついたままである。
「ご苦労様。大成功だったみたいで、僕も本当に嬉しいです。」
源次郎は、他の誰にも聞かれないように、美由紀の耳元でそう囁く。
その一言一言に、美由紀の背中が震えるように答えてくる。
どうやら、泣いているようである。
源次郎は、もう周囲からどのように思われても、どのように見られても構わない、という気になっている。
泣きたいだけ泣けばいい。嬉し涙は、それだけ成長するエネルギーになる。
小さかった美由紀の身体が、このひと舞台だけで、一回り大きくなったような気がする。
そう、思って、皆が見ている前で、美由紀をしっかりと抱き続けている。
「さあ、皆、一休みしたら、次の公演の準備だ。よろしくね!」
支配人の大きな声が飛んで、また周囲は雑然とした動きになった。
そこで、ようやく美由紀が顔を上げる。
可愛い顔が、くしゃくしゃになっている。
折角の舞台化粧も、まるで歌舞伎役者の隈取みたいに滲んでしまっていた。
「うふっ!無茶、可愛い顔になってますよ。」
源次郎がわざと茶化して言う。
美由紀本人もそれに気付いているのだろう。
「もうっ!源ちゃんの意地悪。」
そう言って、顔を両手で蔽ってしまう。
源次郎は、近くにいたあの化粧担当の女の子に合図を送って、美由紀を一旦楽屋に連れて行かせる。
「源ちゃん、どこにも行かないで、待っててね。」
美由紀は、そう言い残して、足早に奥へと消えた。
美由紀がいなくなったのを確認するかのように、支配人が源次郎の元へとやってくる。
頭をポリポリかきながらである。
「いゃあ、吉岡君、有難う。君のお陰だよ。」
支配人は、そう言って、深々と頭を下げる。
トレードマークのようにしている帽子を取ってだ。
「いえいえ、僕はただここにいただけのことです。何にもしてませんよ。」
「いや、今日のミッキーの舞台は、気迫がこもっとった。ワシも半年前に東京でミッキーの舞台を見たんだが、あの時とは雲泥の差、月とすっぽん、天と地、それだけの違いがあった。確かに東京でも人気者だった。だが、ワシらにしたら、まだまだ客を引き付ける魅力に欠けとる。そう思とった。だけど・・・・今日のミッキーはまるで別人。いつの間にあんな舞台がこなせるようになったのか、不思議なほどだ。本当に申し訳なかった。この通りだ。」
支配人は、そう言って、再度深々と頭を下げた。
昨日、初めてここへ来たときからは、想像も出来ないことである。
(つづく)
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