第2話 夢は屯(たむろ)する (その72)
収まってよかった。
源次郎は、単純にそう思う。
だが、本当に「うまく行くのだろうか?」という不安はあった。
この公演は、どうやら佐崎美由紀の看板で勝負しているようである。
東京ではかなり有名なスターらしいから、主催者側とすれば、それを最大限に活用したいのは山々なのだろう。
だが、美由紀にもこの「小樽」に対する何か特別な思いがあるようで、自分らしい舞台をやりたいという気持が強いようなのだ。
今回は、そうしたふたつの思惑が、それぞれに強く出すぎてぶつかった。
源次郎は、そのように思えた。
だからこそ、本当ならば、源次郎が口を挟める問題ではないのだ。
強いて言えば、ビジネス上の意見の相違なのだ。
当事者同士で決着をつける以外には、決して答えの出る問題ではない筈だった。
そうした、源次郎の漠然とした「不安」とは別に、どうやら舞台は順調に進んでいるようである。
源次郎がいる部屋からも、観客の盛り上がっているのがよく分かる。
アナウンスが次の出演者を紹介すると、「佐崎美由紀はまだか!」といった声も聞こえてくる。
ときたま、部屋を出入りする裏方のような人もいるが、幕が上がってからというものは、殆ど人の出入りがない事務所である。
昨日もそうであったが、源次郎はこの時間が何ともたまらなく辛いと感じる。
自分だけが、まったく別の世界にいるような気がするのだ。
佐崎美由紀の付け人として覚えられているのであろうか、美由紀が一緒だと周囲もそれなりの対応をしてくれるが、こうして1人になると、殆ど無視される。居てもいなくても、まったくどうでもいいような存在らしい。まるで透明人間にでもなったような気になってくる。
1回の公演が終わる頃に戻ってきてさえいれば、それまではここにいなくてもいいようなものだ。
いたって、することがない。
お客の来ない煙草屋の店番のようなものである。
居眠りしても、あくびをしても、本を読んでも、誰も何も言わない。
だが、それでも、源次郎はここを離れることが出来ない。
何故だか、自分でもはっきりとはしない。
ただ、美由紀に何かがあれば・・・と思うことだけである。
場内アナウンスが「いよいよ、お待ちかね、佐崎美由紀さんの登場です」と告げている。
その後は、一体何を言っているのか聞き取れないほど、場内が騒然とする。
「美由紀!」という掛け声と、口笛が交錯する。
場内の興奮度もいよいよ最高潮に達しているようである。
源次郎は、その音を聞きながら、静かに目を閉じた。
美由紀の舞台は想像できないが、昨夜見て、触った、美由紀の身体を思い浮かべている。
「私の身体は商品なの」と言った言葉を反芻する。
昨日のリハーサルの後の傷ついた美由紀を思い出す。
「頑張ってください!美由紀さん。美由紀さんなら、立派な舞台が出来ますよ。」
源次郎は、それしかもう言えなかった。
美由紀が踊るのであろう曲が鳴りはじめた。
(つづく)
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