第2話 夢は屯(たむろ)する (その689)
「電話、有難うございました。」
源次郎がカウンターのオヤジさんに言う。
そして、10円玉を2個、その横に置いておく。
携帯電話など考えられない時代である。
電話を借りたら、その通話料金に見合う代金は置くものだという常識があった。
2回の通話はいずれも小樽市内のホテルへ掛けたものだ。
正確な時間までは計ってはいないが、多分、3分以内、つまりは1通話で終わっているだろう。
それで、20円を置いたのだ。
電話を借りたときの礼儀でもある。
そのことに気がついているのかどうかは分からないが、オヤジさんは、ただ黙ってコクリとひとつだけ頷いた。
「源ちゃん、もう時間だよね。」
美由紀が源次郎に声を掛けてくる。
「はい。いつでも出られる様にはしてありますが・・・。」
源次郎は周囲に気を遣った。
ここは店の中だ。
美由紀がどのような人物かを知っている客もおれば、まったく知らない客もいるだろう。
「劇場」とか「舞台」とかの用語を使わないように気をつけた。
「じゃあ、私、ここでこのまま待ってるから、荷物を取ってきて・・・。」
「は、はい・・・、分かりました。では、すぐに・・・。」
源次郎はそう言い残して、階段を駆け上がった。
そして、美由紀の化粧ケースと源次郎の鞄を両手に持って、またすぐに階段を駆け下りる。
「そんなに急がなくってもまだ大丈夫よ。」
美由紀は源次郎の動きをみて、笑いながら言う。
「ま、まあ、それはそうなんですが・・・。」
源次郎は、自分の気合だけが空回りをしているようにも思う。
「では、先生、私はこれで・・・。」
「ああ、頑張れよ。」
「はい、有難うございます。先生もお元気で・・・。」
「うん。また来るよ。」
美由紀は、先ほどまで座っていたカウンター席で横にいた男にそう挨拶をした。
そして、源次郎に「出ようか」と目配せをしてくる。
源次郎が店の表に出る。
その時、そのカウンター席の男には軽く会釈をする。
先に出て待っていると、やがて美由紀が出てくる。
そして、いつものとおり、先に美由紀が歩き出す。
「学校の先生だそうですね。」
源次郎が確認するように言う。
それぐらいしか、話題がない。
(つづく)
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