第2話 夢は屯(たむろ)する (その67)
「おう、兄ちゃん、来たぞ。しかも、ちゃんとダチをつれてきた。・・・だってな、こいつら、佐崎美由紀ちゃんを乗せたって言ったて、信用しないんだ。・・兄ちゃんから、その通りだと言ってやってくれ。」
強面の運転手は、昨日とは打って変わって、何ともにこやかな顔でやってくる。
「お待ちいたしておりましたよ。秋本さん。」
源次郎がそう言うと、ますますにやけた顔をして、
「ほ〜ら、ちゃんと俺の名前まで知ってくれてるだろう!嘘なんか言ってないんだ。分ったか。」
と、後ろから付いて来る連れに誇らしげに言う。
「はい、お約束のもの。佐崎美由紀がたった今書き上げたばかりですよ。ほら、湯気が出てるでしょう?」
源次郎は、そう言いながら、美由紀が準備してくれた色紙を差し出す。
内心は、美由紀に感謝、感謝である。
彼女が覚えていてくれなかったら・・と思うと、足が震える心境だ。
秋本という運転手は、受け取った色紙に自分の名前があるのを大層喜んだ。
そして、その横に、赤く目立つように付けられた口紅を見て、興奮する。
「こ、こ、これは、美由紀ちゃんが付けたのか?・・・・えっ!ここに直接唇付けたんだな!」
もう今にも、その色紙に口付けをしそうな勢いである。
幾らなんでも、源次郎は、それだけは見たくはなかった。
たとえ、営業用の対応だとしても、美由紀が付けた口紅に、このおっさんが触れると思うだけで、背筋が寒くなる。
何としてでもそれだけは阻止したかった。
だから、とっさに出たのが、
「お友達へもプレゼントしましょうか?」
というセリフだった。
「おっ!」
3人が同時に声を上げた。
秋本という男は、自分以外にも同じものが渡されるのは・・・という想いだったろうし、後の2人は、まさに俺にも・・・!という期待感が湧き上がった筈だ。
だが、源次郎が手にしていた2枚を見て、3人がそれなりの納得顔を見せる。
「すまないなあ、俺だけじゃなくて。」
秋本は、本当にそう思ったかどうかは分らないが、やはり自分だけが「特別なもの」を貰ったという優越感を滲ませる。
そして、2人の友達に、向って大きく出た。
「ほらな、お前らも礼を言わんか。俺の言うことを信じて付いて来た甲斐があっただろう!」
「あっ!それとですね。秋本さん。ちゃんと入場していただけるんでしたら、美由紀さんにはお伝えしますよ。昨日の約束があったでしょう?」
源次郎は、わざと、思わせぶりな言い方をする。
「勿論です。でも、今からだったらカブリツキは無理でしょうから、2時からの公演でしっかりと見物させてもらいます。な、そのつもりだよな。」
秋本は、2人の友達にも同意を強制する。
「勿論。勿論。今から、仕事を切り上げて駆けつけますよ。」
どうやら秋本を除いた2人は、今も勤務中のようである。
「じゃあ、美由紀ちゃんによろしく言ってくれ。午後の公演は、必ずカブリツキに席とるからって。なんせ、バレエで鍛えたあの踊りだけは、誰にも真似できんからなあ。」
そう言い残して、3人は、照れくさそうにして外へと出て行った。
(つづく)
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