第2話 夢は屯(たむろ)する (その669)
「どうしたの? 溜息なんか付いたりして・・・。」
美由紀はスカートを元に戻しながら、源次郎の様子を窺うようにする。
いつもならば、前張りを剥がすとすぐに階下のトイレに駆け下りて行くのに、今日は余裕があるのか、すぐには動こうとしない。
「そ、そうだ・・・。おしっこ行って来なくっちゃ・・・。」
美由紀は、一度座りかけて、思い出したように階段へと向かう。
「大丈夫よ。源ちゃんならやれるわよ。」
階段を2〜3段降りたところで、振り返るようにして言う。
相当に、気を遣ってくれていると感じる。
(そ、そう言ってもらってもなあ〜。)
源次郎の本音である。
こういうところが駄目なんだと、自分でも意識はしている。
何かの問題に直面したとき、どうしても一歩下がってしまう傾向がある。
誰かに強く出られると、それに引きずられる弱さがある。
元来、争いごとが苦手な源次郎だった。
小さい頃から、喧嘩という喧嘩をしたことが無い。
殴られたら泣いて帰るのが常だった。
その点が兄とは対照的だった。
だから、その兄によく引きずられた。
悔しさもあったが、その反面で、憧れもあった。
あれだけ、自分を強く出せたらなぁ・・・と。
美由紀と入れ替わるようにして、おばちゃんがお盆をもって上がってくる。
「いつもいつも有難うございます。」
おばちゃんは、そう言って両手を付いて源次郎に挨拶をする。
いつものことなのだが、源次郎はそうされるのが辛くも感じる。
「今日は、ハンバーグにしてみました。
御口に合わないとは思いますが、どうぞごゆっくり。」
おばちゃんは、そう言ってちゃぶ台の上に大きなハンバーグが乗った皿を置いた。
「こういうのには、スープを付けるのが本当のようですが、お味噌汁しか作れなくって・・・。」
「いえ、おばさんの作られるお味噌汁は絶品ですよ。頂くたびに、お袋を思い出しますから。」
「あ、有難うございます。そう言っていただけると・・・。」
おばちゃんは、それだけを言って、また頭を下げてから、階段の方へと行く。
と、下から美由紀が戻ってきたようだった。
階段を上がる足音と下る足音が、丁度中間辺りでふと止まる。
それからしばらくは、いずれの足音もしない。
(ん? 何をしてるんだろう?)
源次郎は訝った。
別に聞き耳を立てるつもりはなかったが、それでも、やはり気にはなる。
女ふたりが、ヒソヒソと会話を交わす声だけが響いてくる。
(つづく)
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