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第2話 夢は屯(たむろ)する (その65)
「だからさ、来たらちゃんと渡してあげてね。後の2枚は、友達にあげてくれてもいいし、好きにしてって。昨日のことはちゃんと覚えているから、劇場に入ってくれるんだったら、約束は守るわよってね。」
美由紀は、鏡の中を通して、源次郎にそう言う。

化粧下地だけを施したところに、スタッフが迎えに来た。
「ミッキーさん、楽屋の方へお願いします。」
20代半ばの女性である。
彼女に促されて、美由紀が席を立つ。

迎えに来たスタッフが、美由紀の化粧ケースと小物が入ったバッグを持つ。
慌てて源次郎がそれを持とうとすると、美由紀が笑って言う。
「源ちゃん、ここから先は、スタッフに任せて。男の源ちゃんが入れるところじゃないから。」
そう言われた源次郎は、何となくその意味を理解する。
「これ、見ておいてね。」
また、昨日と同じように、美由紀は自分が履いてきたハイヒールをそこへ置いていく。
今日は、クリーム色の靴である。

美由紀は、裸足のまま、奥の通路へ向って行く。
そして、迎えに来た女性がその後を付いて行って、ドアを閉める。


それで、辺りは殆ど人がいなくなった。
午前11時からの開演だと聞いていた。
今は、10時35分だ。今からで間に合うのだろうか?などと考えていると、今度は奥のドアが勢いよく開いて、あの支配人が走りこんできた。

「おうおう、吉岡君。・・・・大入りだぞ。満員だ。さすがにミッキーは人気がある。」
ニコニコ顔である。
「ところでだ・・・・まぁ、煙草でも一服吸うか。」
支配人は、何かを言いかけたものの、それを一旦は飲み込んで、源次郎の前に座る。
ショートホープをポケットから取り出して、源次郎にも勧める。
もともと吸っていたものだから、源次郎も抵抗なく1本を貰う。
支配人がマッチで火をつけてくれる。何というサービス。
昨日とは打って変わって、物の言い方までが柔らかくなっている。
「おっ!珈琲でも飲むか?缶の奴だけれど・・。」
ポケットからバラ銭を取り出して、自動販売機の方を指差して言う。
「いえ、さっき飲んできましたから。」
源次郎は、缶コーヒーははっきりと断る。
それは、確かに先ほど美由紀と一緒に飲んだということもあったが、それよりも、それを飲むことによって何かしらこの支配人の罠に嵌るような気がするからだった。

それでも、支配人はそんなこともお構いなく、自分で自動販売機のところへ行って2本買ってきた。
1本を源次郎の前において、もう1本を開けて飲む。

「あのな、昨晩、何度も何度も考えたんだ。寝る間も惜しんでな。」
そう言いながら、源次郎の顔色を窺うようにする。
「これだけの客が入ったんだ。な、期待されてるんだ。な、やはりな、お客の期待を裏切っちゃいかん。」
源次郎は、この支配人が何を言いたいのか、何となく分ってきた。
だが、まだ黙って聞くことにする。

「それでだ、やはりな、男が見たいものって、あれだろ?期待して満員になってるんだ。その期待を裏切ったら、明日からは、満員にはならん。な、分るだろ?」

源次郎は、吸いなれた筈の煙草の味に、変な違和感を感じた。


(つづく)



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