第2話 夢は屯(たむろ)する (その649)
いつものとおり、源次郎がその部屋でひとりになる。
最初は、この状態が何とも落ち着かないものに感じられた。
舞台の幕は上がっている。
そして、プログラムされた順に、次々と踊り子が舞台に出て、妖艶な踊りを観衆に見せている。
そうした雰囲気が、観客席から聞こえてくる歓声やざわめきで、別に舞台を見ていなくっても感じられる舞台裏の空間だ。
さりとて、源次郎は、その舞台の進行とはまったく無関係な立場にいる。
役目としては、佐崎美由紀というトップスターをここまで連れてきて、そして、その舞台が終るのをただひたすらに待つ。
それだけなのだ。
ここでは、何もすることが無い。
煙草を吸い、缶コーヒーを飲むぐらいしか術が無い。
それでも、美由紀からは「ここを絶対に離れないで」と厳命をされている。
楽だと言えばそうなのかもしれないが、源次郎はこの時間が好きではなかった。
と、いきなり外から誰かが入ってきた。
「あのう・・・。」
「はい・・・。」
源次郎が椅子から立ち上がる。
入ってきたのは、源次郎と年恰好が同じような若い男だった。
ひょろっとした細身が印象的だ。
「こちらに、吉岡源次郎さんっておいでになりますか?」
その若い男は手にした伝票のようなものを見て言う。
「吉岡は僕だけど・・・。」
源次郎は、いきなり自分のフルネームを言われたことに驚く。
「ああっ、それは良かった。」
何が良かったのかは知らないが、若い男はそう言ってほっとしたような顔を見せる。
そして、許しもしていないのに、ずかずかと事務所内に入ってきて、源次郎の傍まで来る。
「な、何?」
源次郎が構える。
この北海道で、自分のフルネームを呼ばれたことへの警戒心が先に立っていた。
まるで指名手配をされたような気がするのだ。
「毎度、有難うございます。これ、500枚です。」
「ん?」
源次郎は、その男が差し出した物に視線が張り付いた。
「一応、記載内容をご確認いただけますか?」
「・・・・・・。」
源次郎は、言葉が出なかった。
男が差し出したのは、「吉岡源次郎」の名前が印刷された名刺だった。
(つづく)
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