第2話 夢は屯(たむろ)する (その639)
階段を降りて、通路をくねくねと戻る。
源次郎は、時折、後ろを振り返る。
付いて来ている筈だとは思うのだが、ふと、サキがいなくなったような錯覚に襲われるからだ。
源次郎は、耳を澄ませながら、ようやっと気が付く。
そうなのだ。サキの靴音がしないのだ。
「ん? サキさん、靴は?」
「楽屋に。」
「ど、どうして?」
舞台を終わったあと、いつものようにあの部屋に煙草を吸いに来たときには、確かに靴を履いていた。
カツッカツッというヒールの音が聞こえていた。
それなのに、今は履いてはいない。楽屋に置いていると言う。
「調整室に行くのに、靴は履けませんから・・・。」
サキは、それが当然なのだと説明をする。
源次郎は、美由紀が楽屋に入るときに履いてきたハイヒールを預けていくことを思い出す。
最後の角を曲がった。
これで、後はまっすぐ行けば、あの会議室のような部屋に辿り着く。
と、その通路の先に美由紀が立っていた。
化粧室の前である。
ガウンを羽織った姿だった。
「源ちゃん、ご苦労様・・・。」
そう声を掛けて、美由紀が化粧室に入った。
源次郎は、この部屋にサキさんを入れろと言われたと思った。
それで、その前まで行って、足を止めて振り返る。
サキもそうされた意味が分っているらしく、源次郎に一礼をしてから、美由紀のいる化粧室にそのまま入った。
「ドアを閉めて・・・。」
中から美由紀の声がして、化粧担当の女の子が部屋を出てきてそのドアを閉めた。
「き、君は?」
源次郎が思わず訊く。
「あっ、はい・・・。私も、しばらくは席を外すようにって・・・。
用事が済んだら呼ぶから、あの部屋で待つようにと・・・。」
化粧担当の女の子がそう説明をしてくる。
そして、その足で源次郎がいつもいる部屋へと向かおうとする。
源次郎は、黙ってその後姿を見ていた。
本当は、この部屋に入りたい気持があった。
それでも、そうすることは許されていないとは思っている。
一呼吸してから、源次郎も化粧担当の女の子の後を追いかけるようにする。
(つづく)
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