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第2話 夢は屯(たむろ)する (その63)
足を止めたことによって、源次郎は当然に美由紀から遅れてしまう。
慌てて、駆け足で美由紀の横に着く。

「見てたのかなぁ、あの店にバレエを踊る女の子の写真がたくさんあったでしょう?あれがキヨちゃん。」
美由紀はまっすぐ前を向いたままで話を続けている。
「はい、写真があるのは気がつきました。それから、絵も置いてありましたね。」
源次郎は、その光景を思い出すように言う。

「でも、どうして自殺なんか?」
源次郎は、自分でもどうしてそのようなことを口にしたのか分らないうちに、その言葉が出た。
本当は、そのキヨという子と一緒に美由紀も死ぬ気だった、という話に繋げたいのだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・」
美由紀は、唇を何度か細かく動かしたが、それでもやはり言葉にはならなかった。
いや、意識して、言葉にしなかったのかもしれない。

源次郎は、深追いを避けようと思った。
細かい事情は分らないものの、そうした関係のあるあの喫茶店に連れて行ってくれただけで十分じゃないか。本当に知られたくないことなら、敢えてあの店を選ぶ必要もなかったのだし、そうした完全に美由紀の領域なのだから、門外漢である自分を引張ることなどしなかった筈だ。
それでも、連れて行ってくれたのだから、いずれは話したいことなのだ。きっと、そうだ。
源次郎は、そう考えて、美由紀の無言に連れ添うようにして歩いた。


それから程なくして、劇場に着いた。

約束の10時半にはまだ15分もあった。

誰かが伝えたらしく、奥から支配人が飛んできた。
「やぁ、ミッキー。お早い入りで。」とニコニコ顔で美由紀に挨拶をする。
そして、源次郎には「こっちに来てくれ」というように手招きをする。
どこまでも、相手によって顔を使い分けるおっさんである。

「なあなあ、吉岡君。ミッキーのご機嫌はどうだ?本当のところを教えてくれよ。」
源次郎の肩に手をやって、耳元で話してくる。余程、美由紀のことが気になるらしい。
「そうですねぇ、良いと言えばそうですし、悪いと言えばそうかもしれません。」
源次郎は、今後の展開に備えて、ある程度の含みを持たせておく。
そうでもしないと、このおっさんは、何を考え出すか分ったものではない。曲者なのだ。

それを聞いた支配人は、少し困ったような顔をして見せた。
「まあ、まだ開演までには時間がある。ゆっくりと相談しよう。」
それだけを言うと、また、美由紀に会釈だけして、奥へと走っていった。
「ほらな、また、よからぬ事を考えてる。」
源次郎は、その後ろ姿に「やり手」の雰囲気を感じ取っている。

美由紀とこれからの段取りについて話そうと近づいていくと、机の上で何やら書いている。
それを見て、源次郎は自分の曖昧さ無責任さを痛感する。
「はい、源ちゃん、これ約束だから、ちゃんと書いておいたよ。」
美由紀が源次郎に差し出したのは、『佐崎美由紀』のサインが書かれた色紙だった。
「枚数までは言ってなかったよね。でも、オマケして、3枚書いといた。それで、お客さん連れてきてくれるんだったら、本当に楽なものよ。あの運転手さんが来たら、ちゃんと渡してあげてね。」
美由紀は、そう言って、サインペンのキャップを閉めた。

「さすがに、プロ。」
源次郎は、美由紀のことを、改めて凄い女だと思わずにはいられなかった。


(つづく)



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