第2話 夢は屯(たむろ)する (その629)
美由紀は、口では「任せる」と言ってはいるが、腹は既に札幌での仕事を請けるつもりになっている。
源次郎はそう思った。
だからこその「任せる」なのだと。
昨日、急な話だったが、札幌へ行って欲しいと言われて行った。
最初は、どうしてこの俺が? との疑問は強かったし、不満はないものの、掴み切れない不安はあった。
だが、昨日の病院でのいろいろな話。
里山医師から直接聞かされた健太の状況。
手術の成功確率とその後の長期にわたる闘病生活。
同じように病気と闘う子供たちの置かれた現状。
それにサキと富の関係とそれぞれの悩み。
そうしたことを実際に自分が行ったことでそれなりに整理できることはたくさんあった。
そして、今朝、富が小樽を去っていくところを陰からではあるが、目の当たりにした。さらには、それを見送るサキの心情も痛いほど分るようにもなった。
それは、やはり、美由紀がこれから先のことを考えて、自分のスタッフとしての源次郎に、なぜ札幌の仕事を請けるのかを、自分の言葉ではなく、厳然たる実情をその身で直接感じさせたかったからではないだろうか。
そうしたことを体感させた上で「佐崎美由紀のマネージャー」という称号をくれたような気がしてくる。
「それから、念のために言っておくんだけれど、笠野さんと話をする前に、必ず支配人からの話を聞いておいて欲しいの。
いい? 絶対に、その順序、間違ったら駄目よ。」
美由紀は、そろそろ舞台の準備をしにいくつもりのようだ。
腰を浮かせた状態で、源次郎にそう釘を刺した。
「その、支配人の話しはいつなんですか?」
「幕が上がっている間は無理ね。多分、1部が終ったら、話に来ると思うの。
よく聞いて、源ちゃんが判断してくれたらいいから。
お願いね。」
美由紀はそういい残して、奥の楽屋へと消えた。
源次郎の足元には、いつものとおり、美由紀のハイヒールが並べて置いてあった。
その美由紀と入れ違うようにして、支配人が部屋へ入ってきた。
一直線に源次郎の傍へとやってくる。
「今、ちょっといいか?」
支配人の顔には厳しさが浮き出ている。
「はい、なんでしょう?」
源次郎は、傍にあった折りたたみ椅子を支配人のために引き寄せた。
(つづく)
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