第2話 夢は屯(たむろ)する (その61)
美由紀の元へ源次郎が帰ると、
「そのグリーンガムは私に残しといて。舞台の合間にがむしゃらになって噛むかもしれないから。」
と言う。
源次郎は、「それって、シャレですか?」と言って笑う。
美由紀は、「さあ、どうかな?」と言うような笑みを見せる。
そこから、また歩いて、次の通りを左に行く。
数軒目に「スワン」という喫茶店があって、美由紀はそこへ入る。
源次郎が後から付いて入る。
ボックス席も空いているのに、美由紀はまっすぐにカウンターに座った。
源次郎が、その左側へ座ろうとすると、
「源ちゃんはこっち。」
と、美由紀は自分の右側の席を指し示す。
「えっ!こっちでいいですよ。」
源次郎は、一応自分の考えを言う。
カウンター席は、入り口から入って左手にある。
つまり、美由紀の左側の方が入り口に近い。下座にあたるのだ。
それは、ここを出るときにも都合がいい。
美由紀は自分で勘定の精算はしない。
財布から現金は出すが、それは源次郎に渡すだけで、実際の支払は源次郎の役目なのだ。
だから、当然にレジに近い、入り口に近い席のほうが、何かと動きやすいのだ。
だが、源次郎の意見に耳を貸す美由紀ではない。
源次郎の言葉を無視するかのように、その左側の席に自分のハンドバッグを置いてしまう。
何が何でも、右側の席、つまり自分より奥の席に源次郎を座らせたいようである。
仕方が無いから、源次郎は荷物を持ち替えて、奥側へ移動する。
どうしてなのか、どうしてそこまで固執するのかは、源次郎には分らない。
そうしたやり取りがあって、ようやく2人が席に着いたところで、マスターらしき中年のオヤジさんが水を入れたグラスを前に置きに来る。
「お客さんは何にするかね?」
そのオヤジさんは源次郎に向かって訊く。
ほら見ろ!こっちに先に訊くでしょうが・・・と内心は思ったが、
「美由紀さんは何にされますか?」
と、美由紀の意向を聞いてやる。
すると、そのオヤジさんが、
「あっ、この子は聞かんでも分ってるから。」
とむすっ!とした顔で言う。
美由紀の顔を見ると、クスリと笑ったように見える。
どうやら、美由紀が何を飲むのかは、このオヤジさんは十分に分っているようだ。
つまりは、訳が分らないでウロウロしているのは、この俺だけなのか、と源次郎は思う。
「じゃあ、モカを」
オヤジさんは、返事もまともにしないで、珈琲サイホンが並んでいるところへ移動した。
それを確認してから、小声で美由紀に訊く。
「何を飲まれるんですか?」
美由紀が両肩をちょっとだけ上げる格好をして、
「源ちゃんと同じものよ。」
少し嬉しそうにそう言うのが、源次郎にはまぶしく見えた。
(つづく)
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