第2話 夢は屯(たむろ)する (その54)
「源ちゃん、どこで寝る?」
テレビを見ている筈の美由紀が、ポツリと言う。
源次郎は、ここで寝泊りをすると分ってから、寝る場所は決めていた。
「はい、よければ、そのソファで、と思っているんですが。」
「えっ!ここなの?・・・・・」
美由紀は、顔を向けずに、ただ自分が座っているソファを軽く叩いてみせる。
「駄目ですか?」
源次郎は、困ったような顔をする。
そこを拒否されたら、後は、床に寝るしかない。
「駄目じゃないけど、ね、ベッドに一緒に寝ようよ。」
「えっ!ベッドですか・・・・・・?」
源次郎が絶句する。
言葉は「ベッドですか?」と訊いているが、本音は「一緒にですか?」なのだ。
美由紀が、いや、佐崎美由紀が相当な気まぐれ屋だという意識はある。
舞台に関してだと、我侭が強いのも理解している。
だが、今回のこの話だけは、まさか!の思いなのだ。
いくら気まぐれ屋でも、それは言うまい、と思っていた。
可能性として、完全にないものだと思っていた。
ありっこないことである。
女が男に一緒にベッドで寝ようと言っている。
常識的に考えれば、それが何を意味しているのかぐらい、誰でも分ることだ。
だが、美由紀は本気らしい。
テレビから目を逸らして、源次郎の方を見据えている。
「何にもしないからさ、ねっ!ベッドで一緒に寝ようよ。そのほうが温かいし。」
源次郎は答えようがない。
そりゃ、ソファで寝るよりはベッドのほうが身体は楽だ。節々が痛くなることもないだろう。
だが、だからと言って、美由紀の提案をすんなり受けていいものかどうか、迷うのである。
「はい、決めました。美由紀が決めました。」
そう言ったかと思うと、美由紀はテレビのスイッチを切った。
「はい、それじゃ、もう寝ようよ。今日は、疲れた。先にベッドに入ってるからね。」
美由紀は、小さくあくびをしながら、ベッドルームの方へ歩いていく。
「はい、おやすみなさい。じゃ、明日、朝はちゃんと起こしますから。」
源次郎は、それだけを言って、美由紀を見送る。
ベッドルームのドアが閉じられてから、源次郎は暫し呆然とする。
何を考えているんだ?
美由紀のことを、そう思う。
ベッドで美由紀が寝て、このソファで源次郎が寝る。
それが、常識的な線だろう。
それでも、あの安宿のベッドと比べたら、こちらのほうが寝やすいぐらいなのだ。
それを、何故に一緒に寝ようと言う?
意味が分らない。
いや、ひょっとすると、意味など何もないのかもしれない。
単純に、物理的に、そうしようと言っただけのような気もする。
ジュースの入っていたグラスを片付け、それから、まだ風呂場の床に置いたままとなっている源次郎のズボンなどをしっかりと絞って、ベランダのようになっている窓の手すりに干す。
どうせ、皺になっても構わないと思っているから、手短に作業する。
それから、フロントに電話をして、モーニングコールを依頼する。
それで、やるべきことは終わった。
後は、寝るだけなのだが、それがなかなか思い切れない。
源次郎は、美由紀から貰った例の煙草に火をつけて吸い始める。
時計を見ると、11時になっていた。
(つづく)
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