第2話 夢は屯(たむろ)する (その53)
「ここのジュースは、美味しいのよね。料理は駄目だけれど。」
美由紀が、誰に言うとでもなく、そう言う。
たった今飲み終わった源次郎だが、味を確かめる余裕はなかった。
冷たい液体が、乾いた喉を潤していく快感だけがあって、そう言えば、確かに美味しい感じがするなあ、という漠然とした思いだけが沸いてくる。
そこで、源次郎が至極単純な質問をする。
「美由紀さん、このホテルをよくご存知なんですか?」
聞こえている筈なのだが、美由紀は何も答えない。
テレビから流れてくる歌謡曲を口ずさんでいる。
「ん?まずいことを訊いたのかな?」
源次郎は、少しだけ後悔する。
だが、源次郎には、どうしても美由紀がこのホテルだけではなく、小樽の町そのものをよく知っているように思えてならないのだ。
ホテルから劇場までも、車を使わずに歩いた。
それも、美由紀が先導した。
道を迷うことは全くなかった。
そして、途中のあんな雑貨屋で煙草を買わせた。
表から見ると、その店に煙草が売られているという表示は一切なかったのだ。
帰りも、駅の近くで食事をしたが、そこからも歩いて帰ろうと言い、ぶらぶら散歩するような歩き方だった。
そして、最後には、この道をまっすぐ行くとホテルだから、と競争までしたのだ。
とても、小樽の町を知らない行動ではない。
そして、究極は、あの「忘れて」と念を押された「小樽第ニ中学」という言葉である。
人間には、いろいろな過去がある。
触れられたくないこともあるだろう。
それを聞き出そうと思っているのではない。
だが、小樽の町を知っていることだけは、教えて欲しかった。
単純に、そうした気持で訊いたのだ。
相変わらず、美由紀は歌を口ずさんでいる。
答えたくはないのだ、と源次郎は解釈した。
ただ、タクシーの運ちゃんが言っていたように、ストリップダンサーとしての佐崎美由紀は小樽は初お目見えなのだ。
昔に、この町に住んでいたことがあるのだとしたら、それは如何に仕事とはいえ、そうした町で自分の裸を晒すことに抵抗はないのだろうか。
あの支配人などは、そうした美由紀の過去を知っているのだろうか。
いろいろなことが、勝手の世界なのだが、源次郎の心をかき乱す。
美由紀は、小樽を知っている。
少なくとも、中学時代にはこの町にいた。
「第二中学校」というのがどの辺りにあるのかもわからなかったが、そういう名前である以上、この町のどこかに存在していたはずである。
と、言うことは、美由紀には、この町に過去もあり、思いでもあり、嬉しさや悲しさもあるに違いない。
だが、美由紀は、それを素直には言わない。
源次郎は、それは、自分に欠けたものがあるから話してくれないのではないのか、とふと思った。
(つづく)
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