第2話 夢は屯(たむろ)する (その509)
「すみません。10円玉が切れてしまって。」
源次郎はどうしても下手に出ることになる。
明日朝の連絡のために、10円玉を温存しようとした気持はあっても、決して美由紀に叱られるような悪い意図があってのことではない。
だから、本音は、そうした経緯をちゃんと説明をして理解して欲しかったが、美由紀の性格がある程度分っている源次郎は、そうすることで起きる反作用を明確に予想できたのだ。
ここは、黙って頭を下げた置いた方がいいんだ。
そう信じて対応する。
「ドジねぇ。」
美由紀は、その一言で、機嫌を戻したようだった。
声が笑っている。
「その話はね、明日、こっちに戻ってきてからちゃんと話すわ。
まさか、私も、今日の今日、こうして入院となるとは思っても見なかったから。」
「分りました。」
源次郎は逆らわない。
「でも、何度も言うようだけれど、富さんの車に乗ることだけは絶対に避けてよ。
いい?分った?」
「はい。ですから、言われるように、明日は早くここを出ます。
出るときに電話をした方がいいですよね?」
源次郎は、一応は問い掛ける言い方をしてはいるものの、本音は「出るときに電話をします」と言いたかったのだ。
「そうねぇ。8時に出られるのであれば、電話を頂戴。
それ以降だと、お風呂屋さんに行くから。」
美由紀は、何の抑揚も付けない言葉でそう言った。
「えっ!・・・・お風呂屋さんへ行かれるんですか?」
源次郎は、「お風呂屋」というイメージがどことなくピンとこない。
「うん、だって、この家にはお風呂ないんだもの。」
「・・・・・・・・・・・・・・」
源次郎は、美由紀が風呂屋へ行く姿が想像できない。
「ホテルに一旦行かれたら?」
源次郎は自分でも考えなかった言葉が口を突いて出ているのを感じる。
「うん、それも考えたんだけれど・・・・・。」
「そのようにされた方が・・・・。」
「でも、源ちゃんがいる訳じゃないし・・・・・。」
「だったら、僕、6時ぐらいには列車に乗りますよ。
そうすれば、7時にはそちらへ帰れるでしょうし。」
源次郎の言葉が弾んでいる。
「駄目よ!そんなこと。・・・・サキさんの身体が持たないわ。」
その一言が、源次郎を大きく落胆させる。
(つづく)
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