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第2話 夢は屯(たむろ)する (その44)
「ありがとう。源ちゃんは、ホント、優しいのね。」
美由紀の声に、源次郎は顔を上げられない。

「どうして、そんなに優しく出来るの?どうしたら、そんなに優しくなれるの?」
美由紀は、まるで風呂場にいる幽霊にでも話しかけるように、こちらも源次郎を見ないで言葉だけを続ける。

美由紀は、そっと、自分の身体を湯船に沈めていく。
「ぬるい目が好き」と言った意味がよく分かる。
やはり、肌に沁みるのだ。
そこまで自分の身体を痛めつけてしか出来ない仕事なのだろうか。
それは、美由紀も随分と前から考えていた疑問である。

「ねぇ、源ちゃんも、一緒に入ろ。服、脱いできて。」
美由紀は、湯船に身体を横たえるようにしたまま、源次郎に言う。
「いえ、後で使わせてもらいますから、ごゆっくりしてください。」
「嫌だ!源ちゃんと一緒に入りたい。源ちゃんに、身体洗って欲しい。」
「そんな・・・・・」
「美由紀、我侭言ってるよね。それは、分ってるの。でも、源ちゃんだから言ってるんだと思う。ホント、ゴメンね。」
源次郎は、返答の言葉に困る。
湯気の中に霞んで見える美由紀が、どうやら泣きながら言っているようなのだ。

「じゃあ、このままでさせてください。」
源次郎は、とことんまで、美由紀のために動こうと腹を決める。
「身体を洗え」と言われたら、そうしてあげればいい。そこまで信用してくれた美由紀に対しては、そうした行動で返す他はないのだ。
言葉だけなら、なんとでも言える。
優しいことも、口先だけで誤魔化すことも出来る。
だが、ここまで来たら、全身で支えてあげる以外に、自分が出来ることはないように思える。
そのために、選ばれたような気がしてくる。

美由紀が湯船から出てくる。
源次郎は、備え付けられている椅子をそっと前に置く。
美由紀は、素直にその椅子に腰掛ける。

「普通の石鹸でいいのですか?」
ボディシャンプーなどという洒落たものがまだない時代である。
身体を洗うのは、石鹸と相場が決まっている。
だが、それでも、こうした仕事をしている女の子にとっては、自分に合う石鹸を決めているのではないか、源次郎は素人ながらに、そう思っていた。
「うん」とだけ美由紀が答える。

源次郎は、タオルをしっかりと濡らして、その上から石鹸をこすり付ける。
そして、それを泡立てる。
両手で、タオルの中に空気を送り込むようにして、さらに泡立てる。
出来た泡を手で掬い取って、それを両手で温めるように包み込む。
そうしておいて、その泡が一杯となった両手を使って美由紀の身体に滑らせる。

これは、昔、源次郎が小学校に行ってたころに大層なジンマシンに掛かったとき、身体中が痛いのに、祖母がこの方法で身体を洗ってくれたのを思い出してのことだった。
美由紀も、きっと、同じなんだと思う。
単に、バタフライが貼ってあった部分に限らず、全身に痛みがあるに違いない。
そう思ったから、自然と、そうした方法を考え付いたのだ。

「これで、痛くはないですか?」
源次郎が訊くのに、美由紀は、肩を震わせて答える。
「くっくっくっ・・・」と篭った泣き声が風呂場全体に響き渡る。


(つづく)



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