第2話 夢は屯(たむろ)する (その439)
源次郎は、自分自身が絵本を読むことにも不安があったが、だからと言って、富が読むことになったことで楽をしたとはとても思えないのだ。
富のこの風貌からして、源次郎よりも上手に絵本が読めるとはとても思えなかった。
第一、あの図太い声で絵本を読んでも、それで子供が喜ぶだろうか?
そんな心配が頭をよぎる。
そうした源次郎の思いを知る術も無い富である。
だが、千尋に読むことを承認してもらったという気持があるのか、さっそくに向こう側に置いてあった折りたたみ椅子を2人のベッドの間に持って来ようとする。
「すまんな、兄ちゃん。ちょっと、そこをどいてくれんか?」
富は、どうしても2人に読んで聞かせたいようだ。
源次郎が占めていたスペースを占拠しにかかる。
仕方が無いから、源次郎は座っていた椅子を持って、一旦はそのスペースを外れる。
その結果、どうしても千尋の手を解くことになった。
そんな時である。
「あうっ!・・・・」
千尋が詰まるような声をあげた。
源次郎も、そして富も、その異様な声に動作が止まった。
「だ、大丈夫?」
源次郎は手にしていた折りたたみ椅子をそのまま手放して千尋に駆け寄る。
少し苦しそうな顔を見せる千尋に、源次郎はすばやく枕元の呼吸器マスクをあてがう。
無意識に手が動いたのだ。
千尋は、しばらくは空を掻き毟るように両手を慌しく動かしていたが、マスクをあてがってから5回ほど呼吸をすると、その手の動きが収まってきて、やがては掛布団の上にぱたりと落ちた。
源次郎は、後先の事を考えないで、枕元にある「ナースコール」のボタンを押した。
片手は、酸素マスクを抑えたままである。
どれぐらい押せば通じるのかといった実感が無い源次郎だから、一度押してからはずっとそのままでいる。つまり、押しっぱなしの状況である。
これを押してから、どれぐらいで看護婦が来てくれるのか、そんなことは考える余裕すらない。
「まだか、まだか、まだか・・・」
その思いで、ボタンを押し続けている。
押しはじめてから20秒ぐらいで、廊下に人の走ってくる気配を感じるようになる。
だが、その20秒が、源次郎にとってはとてつもなく長い時間のように感じる。
まるで洗面器一杯に水を張った中に、息を止めて顔をつけている気分と同じである。
自分の心臓の音だけが、やたらに大きく聞こえる。
(つづく)
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