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第2話 夢は屯(たむろ)する (その4)
5万円と言えば、当時では大金である。
大学卒の初任給が2万5千円ぐらいであったから、これで少しは生きられると源次郎は思った。

ただ、行く当てもない。寝るところも確保しなければならない。それにも大金は払えない。
母は帰って来いという。
帰りたい。そう、切実に思えば思うほど、父の顔が頭に浮かぶ。

「お前と言う奴は・・・・」
きっとそう言うだろう。そして自慢の兄と比較される。
兄は、国立大学を出て、銀行マンになっている。結婚もした。
近々、子供が生まれると言うことも聞いている。

それに引き換え・・・・との文言が並ぶ。
「私学、しかも三流。おまけに、そこすら退学処分。お前と言う奴は・・・」

確かに、一言もない。父親が言うとおりの結果なのだ。
小さい頃から、兄と比較されて、兄を目指せ、と言われ続けてきたが、もともとの物が違うのではないか、と源次郎は思っていた。
源次郎は、源次郎なりに努力したつもりなのだ。それでも、遥か先を行く兄の後姿すら捉えられない。
まさにウサギとカメが競争するようなものである。
童話では、油断したウサギが負けるが、兄は油断などしない。
ウサギらしく、ドンドン先へ飛んでいく。
そして、カメの自分は、甲羅の中に首を引っ込めているだけである。

とりわけ、大学の退学処分は決定的なダメージとなった。
甲羅をひっくり返されたカメになったようなものである。


国鉄小樽駅の近くにある食堂で、表に「女店員求む」と張り紙を見つけた。
中に入って、雇ってくれるよう頼んだが、「アンちゃんに飯運んで貰うても、旨くはない」と断られる。
しょげていると、その食堂で飯を食っていた男が声を掛けてきた。
「おい、男しかできん仕事があるけど、やってみるか?」と言う。
「はい!お願いします。」
「飯、食ったら案内するから、それまでそこで待て!」と言われる。

まるで、お預けを食らった犬の心境である。
源次郎も、まだ朝から何も食べていない。男が旨そうに食べるのをじっと見て待つだけである。

それに気付いたのか、その男が目の前の席を顎で指して言う。
「お前も飯食え。空腹だったら、仕事にならん。」
源次郎が注文した品数を聞いて、
「お前は飯食う金もないのか?」と訊く。
「いえ、そんなことはありません。ご飯を食べるぐらいはちゃんと持っています。」
「馬鹿野郎、そんな量で身体が持つわけないだろう。飯はどんぶりで食うもんだ。」
男は、勝手に茶碗のご飯をキャンセルして、どんぶりの大盛飯を注文しなおす。
「それが食えんようだったら、仕事はやれん。飯を腹いっぱい食うことも仕事のうちだ。そう思って食え。」
男は、豪快な食いっぷりである。

何とか、源次郎もその大盛飯を平らげた。久しぶりの満腹感である。
「あははは・・・何とか食えたな。」
男は、食べ終わった後、源次郎の分まで支払ってくれた。
「じゃ、行くか。」
男は源次郎を促して、外へ出る。
座っていたときにはそうは思わなかったが、立つと、身長185センチぐらいの大男である。
当時では、本当に大男の部類である。


(つづく)


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