第2話 夢は屯(たむろ)する (その39)
その夜から、美由紀と源次郎の2人の可笑しな共同生活が始まろうとしていた。
鍋を食べ終わってから、また、美由紀が「歩いて帰ろう」と言い、夜の町をテクテクと並んで歩いた。
酔客が、美由紀を見て、声を掛けようとするが、傍に源次郎がいるだけで、思いとどまる。
あれだけ人気者だと言われる美由紀も、こうして夜の道をたった一人のお供を連れているだけでは、さすがに誰も「佐崎美由紀」だと気付く者もいない。
単に、若いカップルが歩いているだけと映るようだが、どうやら、美由紀はそれを楽しんでいるような気もする。
最初にホテルにチェックインしたときのように、タクシーにでも乗れば、やはり客の顔に気を配るのが商売の運転手相手だから、直ぐに身元がばれてしまうのを意識しているのかもしれない。
ともかく、楽しそうに歩く。
時には、ウインドーの中の洋服を見たり、化粧品のなどのポスターに興味を寄せたりする。
それを見ていると、どこにでもいる、ごく普通の女の子と何ら変わらない。
源次郎は、いま、自分がそうした相手と一緒の時間を過ごしていることに、どうしても現実感を感じられない。
何か、東京で見ていた夢が、小樽という別のところに来ても、どことなく繋がっていて、まだ、こうであったらいいのになあ、という夢物語の中にいるような気がするのだ。
ひょっとすると、今はまだどこかで眠っていて、その眠りの中でこのような夢を見ているような気さえしてくる。
「ハックション!」と美由紀がくしゃみをする。
春の終わりだといっても、さすがに北海道の夜は寒い。
源次郎は、躊躇したものの、自分が着ているジャンパーを脱いで、美由紀に着せてやる。
「ちょっと、男くさいかも知れませんけど。」
と、一応は断っておく。
美由紀は、嬉しそうにそれを羽織ったまま、はしゃぐように言う。
「源ちゃん、この道をまっすく行ったらホテルよ。競争しようか。」
「えっ!かけっこですか?」
源次郎は、冗談だと受け取った。
だが、美由紀は、履いていたハイヒールを脱いで、それをまとめて右手に持つ。
本気のようだ。
源次郎も応じることにする。
右手に持った化粧ケースを左手に持ち替え、その脇に自分の鞄を抱えるようにして挟み込む。
まだ、走り出す準備ができていないうちに、
「ようい、ドン!」と美由紀がひとりで走り出す。
「あっ!ずるいですよ。」
源次郎はそう言ったものの、所詮は女の子との競争である。多少のハンデぐらいあっても十分に勝てると思っていた。
利き腕の右手を思い切り振れる状態にしてから、美由紀の後を追いかける。
ところが、恐ろしく速いのである。美由紀の足は。
自信たっぷりに追いかけたものの、その差は広がるばかり。
遂には、50メートルぐらいの差が付いて、とうとうホテルに着いてしまった。
息を切らせてようやく到着した源次郎に、美由紀は誇るように両腰に手を当てて笑っている。
「速いんですねぇ。いゃあ、参った。」
「だってね、私、小樽第二中学校のエースだったんだもの。」
美由紀は、一旦そのように言ってから、
「ごめん、今のは忘れて。」と急に神妙な顔つきになって、手にしていたハイヒールを履いた。
その様子を見て、改めて今、美由紀が何と言ったのかを確認する源次郎だった。
(つづく)
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