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第2話 夢は屯(たむろ)する (その38)
「本当にね、私は、このまま東京へ戻ろうかと思ってたのよ。」
鍋の準備をした店員が下がって、おもむろに美由紀が言う。

「じゃあ、・・・・本当に僕の仕事もなくなる筈だったんですね。」
源次郎は、多少驚いて答える。

確かに、源次郎はこの世界のことは何にも知らない。
知らないのだが、たとえどのような社会でも、一旦出演すると約束した以上、余程のことがない限りそれだけは守ろうとするものだと思っている。
だから、今回の場合でも、美由紀がああして「降りる」を連発するのは、あくまでも交渉手段の一つであって、最終的には舞台に出るつもりなのだと考えていた。
それなのに、具体的なことが決まらないままに明日を迎えることになったら、互いにやりにくいだろうと、それだけを思っていたのだ。

「でもさ、ふと、じっと待っていてくれた源ちゃんの顔を見たら、これってやっぱりまずいかな?なんて思ったの。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「で、さ、源ちゃんが、支配人に、明日からどうなるか分らないんだったら今日の賃金だけでも欲しいって言ってくれたじゃない。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「そうしたら、あの支配人。取り敢えずは明日の初日だけは私の好きなようにしてくれてもいい。でも、客からクレームが出るようだったら、うんぬん・・・って言ったでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「あれで、私、勝った!と思ったの。初日だけでも、私のやり方で舞台に立てれば、それでお客を総立ちにさせて見せるもの。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「それだけで十分と思っていたのに、源ちゃんたら、さらに2週間とも、私の自由ってことにしちゃうんだもの。あれは、支配人だけじゃなくて、私も驚いたわよ。だから、昔からの知り合いかって、しつこく言われるのよ。」
美由紀は、そう言って、くすくすと笑った。

「でも、本当に私はいいパートナーを見つけたのかもね。ねぇ、そうは思わない?」
「えっ!パートナーって、僕のことですか?」
「もちろんよ。」
「まあ、そう思っていただけるのは嬉しいですけれど。」
「何か不満みたいね。」
「いえ、そんな、不満とかじゃなくて、本当にそうなれる自信なんかないんですよ。」
「不思議な子ねぇ。まあ、いいや。とにかく食べよう。」

目の前には、ぐつぐつ煮える鍋の匂いがする。

源次郎は、この美由紀が持つ前向きな姿勢に引きづられる自分を意識していた。


(つづく)



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