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第2話 夢は屯(たむろ)する (その37)
「何よ。源ちゃん、何かいいことがあったって顔してるわね。」
路地を通って、表通りに出たとき、美由紀が声を掛けてくる。

「いえ、そんな顔してますか?参ったなあ。」
「でもさ、ありがとうね。ホント、助かったわよ。」
2人は、肩を並べるようにして、駅前の方向に商店街を歩いていく。

「僕は、何もしてませんよ。ただ、このままじゃ、明日からうまくないな、と思っただけで。」
「それなのよね。でも、本当に助かったわ。美由紀、素直にお礼を言っとくね。今夜は、私がご馳走するからね、任せてよ。」
「僕、何かの役に立ちました?」
「あははは・・・・・。そっか、自分で立てた手柄も意識なしか。ますます、源ちゃんのことが好きになったわよ。じゃあ、2週間、宜しくね。」
美由紀は、そう言って、源次郎に握手を求めた。

源次郎は、そっと手を差し出す。
美由紀に握られた右手が、ほんわかと温かくなるのを覚える。


美由紀は、駅前にある郷土料理屋の暖簾を潜った。
劇場へ入るときと同じで、まったく迷うこともしなかったし、探すこともしなかった。
2階の座敷に上がって、石狩鍋と、適当な数品を注文する。

「源ちゃん、お酒飲めるの?」
そこまで黙ったまま歩いてきた美由紀が、突然思い出したように訊く。
「多少は。でも、好きじゃないですから。」
源次郎は、美由紀への遠慮もあって、そう答える。
「そうなの・・・。だったら、この2週間、飲まずにいられる?」
「もちろん。仕事が最優先ですからね。」
それを聞いた美由紀がにっこりと笑う。

「ところで、あの支配人が面白いことを言ってたわよね。私に聞こえないようにしたつもりのようだけど、ちゃんと聞こえてたわよ。源ちゃんと私が以前からの知り合いじゃないのかって。」
「そうなんですよ。笑っちゃいますよね。でも、本当にそう思ったみたいでしたよ。何故だかは分りませんけれど。」
「うふっ!そうね、それにはふたつ理由があるんだと思うわ。」
「ふたつ・・・ですか?」
「うん。ひとつは、私が源ちゃんを専属に選んだこと。私にも分らないんだけれど、今までには、そういうことは決してなかった。何人面談しても、なかなか、これって人が見つからない。特に、こうした地方周りのときは、私が我侭になるみたいでね。2週間ぐらいの公演でも5人も変えたことがあったぐらいなの。それを、私が自分から源ちゃんを指名したからだと思うわ。会ったその日に、この人って決めたんだから。支配人にすれば、これは以前から知り合いなんだろうって思うわよ。」
「それで、ふたつ目は?」
「それはね、さっき言った、源ちゃんが自分で意識していないと言った、あの交渉の成り行きだと思うの。」
「交渉?」
「そう、実は、舞台の内容でさ、揉めてたのね。」
「そのようでしたね。」
「私はね、エロとグロは違うって思ってるの。だからさ、私のショーは、あくまでもエロチックなものとして考えているの。」
「・・・・・・・・・・」
源次郎は、その世界のことはよく分からないから、あえて黙って聞こうとする。
「ところがさ、支配人は、というより、あそこのスタッフは全員そうなんだと思うんだけれど、グロテスクなものを入れようとするのよ。」
「・・・・・・・・・・・」
「舞台で、男との絡みをやれって言うのよ。」
「・・・・・・・・・・・」
「そのほうが、客が入るって言うのよ。」
「美由紀さんの人気って、凄いみたいですからね。」
「私は、東京でも、男優との絡みはしないわ。そんなものを求められちゃいないと思ってる。」
「それで、降りるって言われたんですね。」
「そう。そこまでやるつもりはない。それが私の言い分なの。」
「そうなんですか、それで揉めてたんですね。」
「そう、でも、それをさ、源ちゃんが私の思うとおりで交渉をまとめてくれたのよ。」
「いやあ、そんなこととは想像もしてなかったですしね。第一、この世界のことは、何にも知らないんですから。だから、交渉なんて、何もしちゃあいませんよ。」
「そこなのよ。でも、あそこで私が引き上げようとしたのを、源ちゃん、止めたでしょう?」
「いえ、そんなつもりはなかったですけれど。」
「だって、このままじゃ駄目だって思ったんでしょう?」
「・・・・・まあ、それは、そう感じたかもしれませんけど。」

店員が、鍋の支度をして運んできて、会話が一旦止まる。


(つづく)


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