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第2話 夢は屯(たむろ)する (その35)
「源ちゃん、ちょっと肩貸してよ。」
美由紀は、源次郎が並べてくれたハイヒールを履こうとする。
ホテルを出てくるときにも、同じようにハイヒールを履く場面があった筈なのだが、源次郎が肩を貸した覚えはない。
そうすると、これは・・・と源次郎はいろいろな事を一瞬で考える。

「俺に肩を貸せと言っているのは、芝居だな。自分で履けるのに、わざとそう言ってるんだ」
源次郎はそう解釈する。
だが、どうして、そのような芝居をして見せるのかが分らない。
その芝居も、俺に見せるのではない。他の人間、つまりはこの支配人に対して見せているのだ。と、ここまでは分る。だが、それから先が分らない。

詳しいことは分からないが、何やら舞台のことで揉めているようだ。
美由紀の主張が通らない。
それで、美由紀がカリカリ来ている。
このまま、ここを出ると、そのあとの調整が不可能になることは明確なのだ。
それこそ、互いに引っ込みが付かなくなって、明日の初日が迎えられない可能性だってあるだろう。
美由紀にしたって、そこまでは現実的ではないと考えているに違いない。
一見、初老風で、大人しく見えるこの支配人も、さすがにこの世界で飯を食っているおっさんだ。
表は柔らかく見えるが、本音は、自分なりの計算がちゃんと出来ている奴だ。
それは、今日の自分への対応で、嫌というほど感じたことである。
一筋縄でいく相手ではない。

源次郎は、美由紀がハイヒールを履き終わるのを待ってから、おもむろに支配人に言う。
「支配人、じゃあ、僕の仕事も今日で終わりなんですよね。でも、今日の日当だけはくださいよ。それ貰ったら、今夜の宿、探しに行かなくちゃいけないんで。」
それを聞いた支配人は顔色を変えた。
「おいおい、吉岡君。誰がそんなことを言った?仕事は明日も、明後日も,明々後日もちゃんとあるんだ。2週間は頑張ってもらうぞ。どうして、今日で終わりなんだ。誰がそんなことを言った?」
源次郎は、涼しい顔で答える。
「だって、そうなんでしょう?このままじゃ美由紀さんは舞台に立たないし、東京へ帰るって言ってるんですから、僕の仕事も当然になくなるでしょう?」
「だからさ、これからそれを考えるって言ってるだろう?どうしたら、ミッキーに機嫌よく舞台に立ってもらえるか、それを徹夜してでも考えるって言ってるんじゃないか!」
「でも、幾ら考えてもらっても、結果として美由紀さんがOKしなければ、同じことでしょう?そんな明日がどうなるか分らない仕事だったら、今日の日当だけ貰って他を探しますよ。今日の日当、早くくださいよ。」

支配人は、苦虫を噛み潰したような顔をする。
源次郎は、右手をすっと前に突き出して、現金を受け取る姿勢のままでいる。

「分ったよ。・・・・・じゃあ、ミッキー、取り敢えずは、明日の初日は、ミッキーの好きなようにやってくれればいい。だけどな、それで、もし客の反応が悪かったら、こっちの方針に従ってもらう。そういうことで、了解してもらえんか?」
支配人は、しぶしぶという態度ながらも、一定の条件を出してきた。

源次郎と支配人のやり取りを黙って聞いていた美由紀が言う。
「支配人。それって、源ちゃんの質問に対する答えにはなってないわよ。急に、私へ話題を振らないでよ。源ちゃんのことと、舞台のこととは別の話でしょう?まあ、これで源ちゃんがいなくなるんじゃ、事前の約束がすべてパアになっちゃうから、もちろん舞台には乗りませんけれどね。」

支配人が頭を抱える。
「分った、分りましたよ。・・・・舞台は、ミッキーの方針で。それで、吉岡君は、2週間の舞台の間、ミッキーの専属スタッフで。と、と言うことで、頼みますよ。これだったら、ご両人とも了解していただけるよな?」

「了解!」
本当に偶然なのだが、美由紀と源次郎の発した言葉が見事に重なった。


(つづく)


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