第2話 夢は屯(たむろ)する (その332)
「うかうかしていると、後からやってきた人に先を越される。」
源次郎はそう思った。
慌てて、手にしているメニューを上から順番に目で追っていく。
上からしばらくはうどんの単品ばかりが並んでいる。
そして、1行分の空きがあって、次は丼物である。
さらに下に行くと、ようやく丼とうどんがセットされた定食にたどり着く。
空腹なのだから、当然のようにその定食メニューで視線が止まる。
「親子丼ときつねうどん」
これに決める。選んだ基準は、懐かしさだけである。
「お願いします。」
源次郎は、そう言って手を挙げた。
客の言葉として「お願いします」も無いだろうとは思ったが、他の言葉が思い浮かばない。
それでも、先ほどのお姐さんは、源次郎が注文待ちであることはしっかりと把握しているようだった。
すぐに、伝票を持ってやってくる。
「すみません。これをひとつ。」
源次郎はそう言ってメニューのある行を指し示す。
「は〜い、親子丼ときつねのセットですね。」
お姐さんはそう確認をして、読めないような字で伝票に書き入れる。
そして、その伝票をびりっと千切ってから、先ほどと同じように店の中を見渡す。源次郎の席をどこにするかを考えているようである。
お姐さんが動き出した。
窓際の席に足早に近づいていって、そこの席に座っている人に何事かを告げている。
それから、源次郎のほうを向いて、手で「おいでおいで」をする。
「お兄さん、1番テーブルで相席お願いしますね。」
お姐さんは擦れ違い様にそう声を掛けて、調理場の方へと伝票を通しに行った。
源次郎がその席に行くと、向かいには小柄な人影があった。
ひとりである。
ふと、その顔を見て、「あっ!」と声が出る。
その小柄な人影も、同じように「ああっ〜」と声を上げる。
あの公衆電話を掛ける時に世話になった初老の婦人であった。
「先ほどは、有難うございました。」
源次郎は、驚いたものの、いち早く礼の言葉を口にする。
「いえいえ、どう致しまして。」
婦人は、柔らかな笑顔で答えてくれる。
「先ほど、教えていただいた郵便局にも行ってきました。ちゃんと、両替してもらいましたよ。有難うございました。助かりました。」
源次郎は一旦そこまで言ってから、どうしても追加しておかなくてはいけないことに気がついた。
「それから、頂戴したあの袋、本当に役立つものだと実感しました。郵便局で両替してもらって、早速使わせてもらっています。本当に助かります。」
源次郎は、テーブルの上に軽く手を置くようにして、頭を下げた。
「いい人に出会えた」
そう思わざるを得なかった。
(つづく)
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