第2話 夢は屯(たむろ)する (その309)
「はい、東劇場・・・。」
その声は、紛れもなく支配人だった。
「あのう・・・、吉岡ですけれど。」
源次郎は恐る恐る言葉を繋ぐ。
時間からすれば、まだ舞台の真っ最中である。
劇場のどこにある電話に掛かったのかは知らなかったが、直接、支配人が電話口に出てくるのだから、以前に入ったことのある調整室なのだろうと想像がつく。
舞台中だということは、支配人がもっとも過敏になっている時間である。
全てを忘れて、舞台に意識が集中している筈なのだ。
時間的にも、また、精神的にも、余裕などある訳はない。
「美由紀さんは?」
舞台のトリを務める主役だといっても、舞台が進行しているのに、それをコントロールしている調整室に美由紀がおられる筈はない。
それは分ってはいる。
だが、電話口から聞こえてくる舞台に流れている音楽やビリビリした雰囲気を感じては、その他の言葉が何も見つからなかったのだ。
「ちょっと待て、すぐ、繋いでやるから。」
支配人は何の文句も言わずに、一言そう言った。
そして、すぐに電話が無音状態になる。
劇場の電話システムがどのようになっているかも知らないのだから、いきなり無音になると切れたのか?と思ってしまう。
「もしもし・・・・・もしもし・・・・」
源次郎は、慌てて呼びかける。
だが、一旦プッ!と途切れた音は、いくら呼んでも戻っては来ない。
10秒ほど待ってから、源次郎は掛け直そうと思った。
そして、指で公衆電話機のフックを押さえようとしたとき、また、再び呼び出し音が聞こえた。
「えっ!・・・なんだ、また呼んでる?」
先ほどと同じような呼び出し音が始まる。
今度は1回で相手がすぐに出た。
「源ちゃん?・・・・今、どこなの?」
美由紀である。
源次郎は、涙が出そうになった。
その理由は定かではない。
だが、そのお陰で、すぐには言葉が出てこない。
「もしもし、源ちゃんなんでしょう?」
訝った美由紀が、確認をしてくる。
「あっ!・・・・・はい、そうです。・・・・今、大学病院から電話してます。」
「それで?・・・富さんとは会えたの?」
「あっ、はい、・・・それはちゃんと会えましたけれど・・・」
「何か、要領得ないわね。」
舞台の準備がようやく終わるか終わらないかの時間であろう。
電話口から感じる美由紀は、相当に気合が入っている感じがする。
「富さんからサキさんに電話があったと思うんですけれど・・・。」
源次郎は、まずはそこから確認しようと思った。
(つづく)
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