第2話 夢は屯(たむろ)する (その299)
富は返事をしてくれない。
先ほどからの一連の流れをそのまま続けて、部屋を出ようとする。
もちろん、子供をしっかりとその腕に抱いてはいる。
源次郎は、それを「無言の了解」と取った。
すぐさま、富の後ろについていく。
「こちらへどうぞ。」
案内をしてくれた看護婦が、ドアを開けてくれる。
エレベーターのすぐ傍の部屋である。
富が入って、源次郎が続く。
中では、レントゲン写真を光に当てて見られるようになっている装置があって、その前の椅子に白衣の男性が座っていた。
先ほど源次郎がこの部屋の前で立ち話をしたあの先生、つまり里山医師であった。
相変わらず、盛んに眼鏡を指で押し上げている。
「その椅子にお座りください。」
里山医師は、目の前のレントゲン写真から一時も目を話さないでそう言った。
こちらをまったく見てはいないのだが、それでも、誰がどのようにしてそこにいるかは分っているようである。
富が子供を抱いて椅子に座る。
背もたれも何もない丸くて小さな椅子である。
大きな富のお尻が乗ると、キィキィと悲鳴をあげるような音がした。
源次郎は、その少し後方に立っている。
「う〜んと・・・今日から、入院は出来ませんか?無理ですか?」
里山医師は、相変わらず、こちらを見ないで話す。
「えっ!・・・・それは・・・・・、でも・・・・・、どうなのかなぁ・・・。」
富の言葉は答えになっていない。
「決められませんか?・・・・入院するとおっしゃれば、すぐでも部屋を準備させますが。」
里山医師の言葉には、あまり感情が入っていない。
そうした話し方をするのが医者なのかもしれない。
冷たい現実を通告しなければならない場合もあるのだから、それが当然だといえば当然なのかもしれない。
「う〜ん、ワシの一存じゃあ・・・・・」
富は自信なさそうに言い訳をする。
「相談してから・・・・ということにしてもらえんかなぁ。」
声が一段と小さくなる。
まさか、冒頭から入院の話が出るとは想像すらもしていなかったのだろう。
最後まで待たされたと怒っていた勢いはどこにもない。
「あっ!そうですか。・・・・じゃあ、それはそれで結構ですよ。」
意外にも、里山医師の方があっさりとその提案を引っ込めた。
「ところでねぇ・・・・・・・・・。」
里山医師の言葉が、一旦、そこで途切れる。
頭の中ではいろいろなことが目まぐるしく思考回路を駆け巡っているのだろうが、それが言語の発声回路へ接続できないようである。
富も、そして後ろに立っている源次郎も、まるで息が止まったようになる。
(つづく)
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