第2話 夢は屯(たむろ)する (その289)
信号が変わって、車が動きはじめた。
源次郎の手帳にはアドレス帳が別冊で付いている。
いわばオマケのようなものだったが、それだけは年度が替わって手帳を新しいものに切り替えても、古くからのものをそのまま使っていた。
いちいち書き写すのが面倒なだけなのだが。
そのアドレス帳には、高校、大学での友人や知人、それに学校の所在地や電話番号、担任の自宅の住所や電話番号までが書かれている。
それは、まさに源次郎の生活圏を如実に表すように思われる。
そこに、小樽に来てからの新たなページが加わっていた。
大学時代の続きを使ってもよかったのだが、退学させられたという思いがあったのと、過去から一時でも離れたいという逃避心理が働いたのだろう。
小樽に来てから新たに加わった連絡先などは、真新しいページに書くことにしたのだ。
所在地まではまだ書かれていない。
だが、あの支配人に「仕事だ」と言われてから、連絡する場合に必要だからと、電話番号だけは幾つか書き留めてあった。
「ホテル」 ××-××××
「劇場」 ××-××××
「美由紀実家」 ××-××××
「スワン」 ××-××××
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
「ホテル」とは、今泊まっているホテルのことである。
一度も実際にかけたことはないのだが、多分フロントか何かが出るのだろう。
それから部屋番号を言えば繋いでくれるのだろう、と思っている。
「劇場」とは、仕事場である。そう、あのストリップ劇場である。
この番号にかけると、どこの電話が鳴るのかも知らないが、支配人に何らかの連絡をする時に必要だろうと思って書き留めた。
「美由紀実家」とは、まさにそのとおりで、あの「私が育った家」だと言った寿司屋の番号である。
う〜ん、どこにしよう?源次郎は悩む。
時間的には劇場にもっとも長くいるのだが、そこに電話をされるのは如何にもマズイ。
ましてや、達也は中学生である。
その子に「ストリップ劇場」の電話番号を教えるわけには行かない。
で、結局は、もっとも安全な「ホテル」を選択する。
その電話番号を達也に指定されたページに書き写した。
そして、その下に、ホテル名と部屋番号を追記する。
本当は、彼に説明をしておきたかったのだが、運転席には彼の父親らしき人物がいるから、その点を考慮して、ノートに注釈を入れる。
「おおよそ2週間ぐらいはこのホテルに泊まっています。その後は、札幌に移動する予定です。昼間は仕事で外出していると思いますが、必要であればフロントに伝言を頼んでください。」
そのように書いてから、達也にノートを返した。
達也は黙ってその源次郎の字を追っていたが、どうやら意味が十分理解できたようで、「うんうん」と頷くようにして、源次郎の膝をポンと叩いた。
そして、嬉しそうにしながら、そのノートを自分の鞄の中にそっと収める。
「もう直ぐ付きますよ。」
運転席から、紳士が丁寧に報告してくれる。
(つづく)
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