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第2話 夢は屯(たむろ)する (その269)
「ああ・・・・これですか?これはお守りみたいなものなんです。」
その中学生は、膝の上に置いた教科書やノートをポンポンと軽く叩いてそう言った。
「大丈夫なの?自信があるんだね。」
源次郎がそう言うと、彼はニコニコしながらこう答えた。
「唯一、息抜きが出来る一日なんですから・・・・。」

「えっ?・・・・・模擬試験に行くことが息抜きなの?」
源次郎の感覚では信じられない言葉である。
同じように高校受験の前には、何度となく模擬試験を受けさせられた経験がある。
だが、今から考えても、重圧を感じることはあっても、息抜きだと思えたことは一度たりともなかった。
それは、確かに「模擬」なのだから、その結果で「合否」が決まる訳ではなかったが、その結果によってその後の学校や両親からの評価が大きく変わるのだから、そうした点からすれば、「本試験」よりも重圧があったかもしれないなどと思うのだ。
そして、それがごく当たり前なのだと思っていた。

それなのに、この中学生は「息抜きが出来る一日」だと言う。
それは、源次郎からすれば、「相当に自信がなければ言えない言葉」だと思われた。
「君は勉強が出来るんだね。うらやましいよ。」
源次郎は、ふと心の中にあった本音を口にした。


源次郎の勉強の成績といえば、小学校から「中段よりやや後方」が定位置であった。
それは、中学に行っても、高校に行っても、ほぼ同じような表現が当てはまっていた。
別段、手を抜いたつもりもないが、かと言って、特別努力したという記憶もない。
本人としては、まあ、そこそこじゃないか、という気持だったが、両親、とりわけ父親は「一体何を考えているんだ。学生が勉強しないでどうする」と手厳しいことばかりを言っていた。
それだけならば、「はい、もう少し頑張るようにします」とでも言っておれば何とかなるのだったが、そのあとに続く言葉を聞くのが一番嫌だった。
「兄さんを見てみろ。」
父の兄に対する評価は抜群だった。
結婚式や法事など、親戚が集まる場に行くと、兄のことを自慢げに話すのが常だった。


「お兄さんは、どこの大学を出られて、お仕事をされているのですか?」
中学生は、言葉は丁寧だが、いま源次郎が言った「うらやましいよ」という一言に敏感に反応したようである。

「えっ!・・・・ああ・・・・。大学は東京の・・・・・、で、でもね、大学がどこだということだけで人間の価値が決まるものでもないし・・・・。」
源次郎は、しどろもどろな言い方に終始する。
「僕は東大から大蔵省を目指しているんですけれど・・・・・。」
中学生は、また掛けている眼鏡に手をやった。


(つづく)





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