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第2話 夢は屯(たむろ)する (その25)
「私は商品なのよ」

源次郎は、さきほどチラッと見た美由紀の涙の理由が、何となく分るような気がする。

本人が言うとおり、背中の部分には、それなりの塗り斑があった。
源次郎は、いちいち口に出さず、それを見つけるたびに乳液を手にとって、それを補った。
腰の脇に、小さなほくろがあるのに気が付いたが、それも黙って通り過ぎる。

お尻の部分にも手を加えた。
その辺りでは、時折、くすぐったそうに美由紀が身をよじる場面があったが、美由紀は叱ることもなく、その身を任せているというような感じである。
大腿部に来たとき、股の内側に小さな赤い花があるのに気が付く。
その少し後ろ側に塗れていない部分があったので、そこに手をやる。
源次郎がその手を動かすたびに、小さな花が可憐に揺れるのが何とも印象的である。
その後、足首までを補完し終えて「終わりました」と告げる。

美由紀は、そうされている間、じっと鏡に映る源次郎と自分の姿を眺めていたようである。


源次郎は、渡されていた乳液の化粧壜に蓋をして、どこに置こうかと迷っていた。
「それは、化粧ケースの中に入れておいて。また、現場で使うことになるから。」
美由紀がそう言う。まるで、源次郎の思いが分るようだ。

「はい、分りました」とだけ返事をして、源次郎は化粧台の上にあるケースに入れに行く。
それから、一旦部屋を出て、バスルームに行き、そこで手を入念に洗う。
そして、また同じ道を、戻ってくる。


部屋に戻ると、美由紀は再度バスローブを羽織って、化粧台の前に座っていた。
傍には、ベッドの上に並べられていた洋服の中の1着が取り出されていた。
どうやら、着ていくものを決めて、今から化粧をするようである。

そうなれば、もう自分の出番はない、と源次郎は思った。
ベッドの上に残されたいろいろな衣類が気になって、
「美由紀さん、この残りの洋服は、ハンガーで吊るしておきますか、それとも・・・。」
とお伺いを立てる。
「それは、私の私服だから、そうね、吊っておいて貰おうかしら。でも、そんな場所ある?」
「何とか考えます。」
源次郎はそう言って、取りあえずは、残った衣類を元の衣装鞄に収めていく。
そして、すべてを収めると、部屋の入り口の傍にあったクローゼットのところまで運んで行く。
クローゼットに掛かっているハンガーだけではとても足りそうにない。
後で、フロントに言わなければ・・と思う。
だが、ともかくも、そこに掛かっているだけのハンガーすべてに鞄の中の洋服を掛けた。
それで10着だけが吊るせたことになる。
まだ半分ぐらい残ったものは、鞄とともに、そのクローゼットの中に入れておく。


再度ベッドルームに行くと、美由紀がバスローブを脱いで、花柄の付いた紺色のワンピースを頭から被るようにして着ようとしているところだった。
「お手伝いしましょうか?」
源次郎が声を掛ける。
「うん、着たら、背中のファスナーを上げて欲しいの。」
ワンピースを被り終えて、袖にひとつずつ腕を通す。
それから、鏡の前で、軽く身体を回転させてみる。
フレアスカートが、まるで花びらを振りまくように、美由紀を中心にして渦を巻く。
紺地に白い花が綺麗なワンピースである。

「うん、これでよしと。・・・・じゃあ、源ちゃん、ファスナー上げて。」
そう言いながら、美由紀がその身体を寄せてくる。
源次郎は、髪を巻き込まないように気遣いながら、ゆっくりとファスナーを上げていく。
また、甘い香りが、源次郎の鼻をくすぐる。

源次郎は、美由紀がこのワンピースの下に何も付いていないことを分っていたが、何も言わなかった。
それが、この世界、いや、少なくとも佐崎美由紀の流儀なのだろうと理解している。


「はい。これで、佐崎美由紀の出来上がり。後は、源ちゃんに甘えちゃお。」
美由紀は、そう言って、鏡の中の源次郎に軽くウインクをしてみせる。

源次郎が時計を見ると、4時10分。あれから、1時間が経過したことになる。


(つづく)



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