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第2話 夢は屯(たむろ)する (その23)
「源ちゃん、そんな堅苦しいことはやめてよ。いちいちノックなんかしないで!」
美由紀は強い口調で言う。

源次郎は、そう言われて、驚かなかった。いや、驚かなかった自分に驚いた。
「では、失礼します」とだけ言って、その少し開いていたドアを押して中に入る。
「この鞄でよかったですか?」と提げてきたグリーンの鞄を美由紀に見せる。

美由紀は、鏡の中でそれを確認してから、
「そうそう、それよ。開けて、中の物を全部出して。」
と言う。
化粧壜から乳液のようなものを手にとって、身体に塗っているようである。

相変わらず、美由紀は全裸のままである。
源次郎に背中は見せているものの、その前にある等身大の鏡には、真正面から見た全身が映し出されている。
それを見ながら、体の角度をいろいろと変えて、乳液を全身に塗っている。

何とも色っぽい光景が源次郎の目の前にある。
だが、源次郎の身体はそれに反応しない。
劇場でのあの失態が影響しているのか、それとも、美由紀の勢いに押されて萎縮しているのかは分らないが、ともかくも、舞台リハを見たときの自分とは全く違っていた。

源次郎は、言われたとおりに、鞄を開けて、中の衣類を順に取り出していく。
相当な数があるようだが、美由紀はこの中から選ぶのだろうと思う。
衣類は、1着ずつ綺麗に畳まれた状態で鞄に収まっている。
それを、そのままの状態で、ベッドの上に並べていく。
こうすれば、選びやすいだろうと源次郎は考える。

その作業を、美由紀が鏡越しに眺めている。
それでいい、という意味なのか、美由紀は何も言わずに、ひたすら乳液で身体を手入れしている。

「ねぇ、源ちゃん、これで塗り斑はないかしら。」
もうあと2〜3着の洋服を出したら終わるという頃に、美由紀がそう言ってくる。
鏡の前から、ベッドを迂回するかのように源次郎の傍へやってくる。

源次郎は、さすがに慌てる。
遠くに、例え数メートルでも離れた距離なら、美由紀の裸も何とか意識せずにおられたが、手の届くような距離まで近づかれると、やはりどうしようかと考えてしまう。

美由紀は、源次郎のところへ来て、顎を上げるようにして、全身を見せる。
「このあたり、ちゃんと塗れてる?」
顎の下や耳の辺りを指差している。
源次郎は、目を凝らしてみるが、よく分からない。
「僕では分りませんよ」と逃げ腰である。

「ちゃんと、見てよ!」
美由紀が怒る。
「ちゃんと見てますよ。でも、その乳液かなんか知りませんが、その塗り斑なんて、あっても僕には分りません。まったくの素人なんですから。」
美由紀が源次郎の目を睨む。
「源ちゃん、私はね、源ちゃんが見てどう思うかって訊いているの。分らないなんて話は聞きたくないの。素人でいいのよ。お客さんは、皆素人なんだから。その素人のお客さんに、私はこの身体を見せているのよ。それで、お金貰っているのよ。そこを分ってよ。」

叱られているのだと思っていたが、美由紀の言葉は、最後のほうは涙声に近くなっている。
美由紀の目には、うっすらと濡れたものが浮き出ている。

「分りました。もう一度、ちゃんと見ます。」
源次郎は、そう言って、美由紀の肌に顔を近づける。
甘い匂いが、鼻を伝わってくる。
かすかだが、美由紀の息遣いも聞こえてくる。


(つづく)




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