第2話 夢は屯(たむろ)する (その219)
美由紀は、電話を切ると、そのまま床に座り込んでしまう。
まさに、力なく、へなへなと・・・という感じなのだ。
「何かあったのですか?」
源次郎は、美由紀の様子から、そう尋ねた。
美由紀は答えない。その代わりに、首を大きく横に振る。
まるでいやいやをする子供のようである。
支配人が、この時間に電話をしてくるというのは、舞台に関したことか、あるいは富とサキに関わることしか考えられない。
だが、あの電話の受け答えを聞いている限りでは、決して舞台に関わるようなことではない。
だとすれば、やはり、富とサキ、さらには、その子供のことだろうと思われる。
「ねぇ、源ちゃん、お願いだから、ここに来て。」
美由紀がソファの前に座り込んだまま、そのように言う。
源次郎も、素直に従うことにする。
美由紀の傍に行って、同じように床に膝を着いて、座る。
すると、美由紀は黙って、源次郎の首に両手を回して抱きついてくる。
それは、何かにおびえて、母親のところに駆け戻ってきた子供のようである。
そして、いきなり、しゃくりあげるような泣き方をする。
源次郎は、その理由もよくは分からないものの、今は、黙って美由紀のしたいようにさせてやるべきだと考えていた。
「サキさん、ようやく富さんと別れる決心をしたって。」
しばらく泣きじゃくっていた美由紀が、源次郎の肩のところでポツリと呟いた。
「やはり・・・・・」
源次郎の口からもポツリと答える言葉が出た。
「ねぇ、源ちゃんが富さんの立場だったら、どうする?」
美由紀は、富がどうだということは一切言わない。今までもそうである。
そうした場合には、常に「源ちゃんだったら・・・」という仮定論で言ってくる。
「そうですねぇ、僕だったら、やはりサキさんの幸せがどこにあるのか、それによって対応が変わってくると思いますけれど。
それより何より、最初からサキさんには近づいていないかもしれませんね。」
源次郎は、あくまでも仮定だと自分に言い聞かせて話している。
内心では、実際にその立場に立って見なければ、本当のところは分らない。いずれにしても、迷うのは迷うのだろうな、と思っている。
「どんなに素敵な女性でも?」
美由紀は、源次郎が言った「最初から近づかない」という言葉に強く反応した。
「そうですね。どんなに美人でも、どんなに色っぽい女性でも、やはり実際に付き合うとなれば、過去のことや家庭環境なども考えるでしょうね。
一夜限りの恋人を演じるのだったら、そんなことも考えませんけれど、やはり、付き合って、将来は結婚でも、と思う女性なら、やはりその辺りは気になりますから。」
「それって、離婚暦のある女性とは、付き合えないってこと?」
「いいえ、そうは言ってませんけれど。・・・・でも、気にはなるでしょうね。男としても。」
「男って、身勝手なのね。」
美由紀は、そう言って、源次郎の肩を強く噛んだ。
(つづく)
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