第2話 夢は屯(たむろ)する (その18)
源次郎は、落ち着かない。
ともかくも、どうやら仕事が決まったみたいなのだが、まったく実感が無い。
どのような仕事なのか、と訊ねても「ミッキーの言うとおりにするだけでいい」。
こんなの、仕事だと言えるか?
時間も、賃金も不明。こんなの在りかよ?
不満だけを抱えていると、自然と煙草に手が行く。
残り3本。これから1本吸うとしたら、残りは2本。
当たり前のことなのだが、なぜか1本減るごとに、追い詰められた気分になるのは何故なのだろう。
それでも、1本を咥える。
もう、どうにでもなれ!の心境である。
いざとなったら、放り出して、また別の仕事を探せばいいのだ。
あの劇場の仕事だって、俺がやりたいと思って言ったわけじゃない。
たまたま、食堂で、あの大男がやらないかと言うから行ってみただけで、どうしてもとこちらが頼んだわけではない。
この美由紀の専属何とかの仕事でも、俺がやりたいと言ったのではない。
何か知らない内に、何となく決まったものじゃないか。
こうした性格については、小さい頃から、父によく叱られた。
いざとなった場面で勝負するのが男。それをそこから逃げてどうするんだと。
それは、頭では分っている。
分ってはいるのだが、いざとなると腰が引ける。
源次郎は、そうした自分が嫌いであった。
だが、どうしようもない。
このままで、行くしかないのだと思っている。
持って生まれた性格なのだから。
兄貴とは物が違うのだから。
マッチを擂ろうかと思ったが、ふと見ると、テーブルの上にはミッキー、いや佐崎美由紀のライターがおいてある。
別段、マッチが惜しいから、と言うのではなく、それが美由紀のものだと分って、ふと手に取ってみる。
一瞬だが、バスルームの気配を確認する。
それを使っているところへ出てこられると、また嫌味を言われそうな気がした。
だが、その気配はない。
オイルライターらしい。
父が大事そうに持っていて、絶対に触らせてくれなかったものと、よく似ている。
火をつける。
オイルライター独特のガソリンのような匂いとともに驚くほど赤い火が点る。
その赤い火に煙草を近づけて、一口目を吸い込む。
とても、いつもの煙草と同じものだとは思えない。
不思議に高級なものを吸っているような錯覚に陥る。
そっと、そのライターを元の位置に戻して、源次郎は美由紀が座っていた場所の真向かいに腰掛ける。
ガラス製の大きな灰皿には、美由紀が吸っていたであろう煙草が、ちょっと吸われただけの状態で投げ込まれている。
外国製の煙草らしい。源次郎は見たことが無かった銘柄である。
吸い口の部分には、真っ赤な口紅が付いている。
勿体無いことをするんだなあ、とその吸い方を見て思う。
自分だったら、もっと短くなるまで吸うのに、と思う。
贅沢な奴。
源次郎は、最初に美由紀が劇場の裏から入ってきたときの姿を思い出していた。
もうあと一服だけ吸って・・・と思っていたところで、バスルームから美由紀に呼ばれる。
慌てて、煙草の火を消して、立ち上る煙を手でかき消すような仕草をする。
隠れ煙草をした高校生時代を思い出す。
「ねぇ、バスローブが見当たらないんだけど・・・・・こっちきて、探してよ。」
(つづく)
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