第2話 夢は屯(たむろ)する (その179)
事務所に戻ると、そこには美由紀もサキも着替えを済ませた状態で誰かを待っていた。
「源ちゃん、何をそんなに照れてるの?」
美由紀が顔を見るなり言った。
「・・・別に、照れてなんかいませんよ。ただ、お待たせしちゃったのかな?なんて思っただけです・・・・。」
源次郎は、慌てて顔に両手を当てる。
美由紀はそこにいた富に「源ちゃんは?」と訊いた筈である。
富は、そうしたことへの配慮は一切出来ないタイプだから、素直に「今、トイレに」と答えた筈である。
どのくらいの時間をこうして待っていたのかは分らないのだが、普通の小用であれば、男の場合、あっという間に終わって戻るのが常識。
それを、美由紀の顔から想像すると、そうした想定時間をはるかに超えた時間を待っていたように思える。
だからである。
源次郎は、自分が個室に入っていたことを悟られたのではないのかと思ったのである。
もちろん、個室に入るには、別の意味もある。
だが、さきほど見せた美由紀の視線は、源次郎が犯してきた罪の現場をちゃんと知っているような気がしたのだ。
「じゃあ、先に出るね。・・・また、後で。」
美由紀は、富とサキにそう声を掛けた。
てっきり皆と同一行動を取るのだと勝手に思い込んでいた源次郎は戸惑った。
訳も分らないのだが、とにかく同じように、
「じゃあ、お先に。」
とだけ言って、先を行く美由紀の後を追いかける。
「源ちゃん・・・・・・・・・。私って物足らない?」
表に出た途端に美由紀が訊く。
「えっ?・・・・・」
源次郎は、何故、そのような言い方をされるのか、分らない。
「だってね、源ちゃん、・・・・・自分で・・・・したでしょう?」
美由紀は、源次郎の顔を見ないで言う。さすがに言いにくそうである。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
源次郎は答えられない。
マスターベーションを行ったことは事実であるが、まさか、それを覗いていた訳でもないだろう。
だとすれば、女の直感か。あるいは、富あたりに何かを言われての牽制なのかもしれない。
その事実をすんなりと認めるか、はたまた徹底して否定するか、源次郎の心は左右に大きく揺れた。
「源ちゃん、・・・・私は、これでもブロなのよ。男の生理やそのときにどうするのかってことぐらいは、ちゃんと分るの。源ちゃん自身の臭いがするんだもの。」
「えっ!・・・臭いですか?」
源次郎は図星を指されたことよりも、その証拠として指し示された臭いと言う言葉に息を呑んだ。
「だから、これが昨日だったら、私、気がついてないのかもしれない。」
美由紀は自分の足元のハイヒールの先を見るようにして歩きながら、そう言った。
(つづく)
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